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2008年7月31日 (木)

アナログとデジタル

今さらながら、というテーマかもしれないんですが、今だからこそ、という感じもします。

いうまでもなく、ものづくりのキホン(というか原型)は「アナログ」です。
まず、アナログなものづくりが先行してあって、それをデジタルに置き換えた作業環境が、今僕らが使っている「デジタルな物づくり」なんだと思います。
まるでデジタル生まれの3DCGですら、そのインターフェイスは、ジオラマと人形を作ってカメラで撮影する、という実に古典的な「人形アニメの工房」そのものですし。

で、こういうデジタルな手法がひろまってくると、デジタルだからこそ出来る事、に当然注目が集まります。
大きくは「正確な作業が簡単に(速く)できるようになる」「やり直しが簡単にできるようになる」の二つだと思います。
この二つがなかったら、そもそも作業をデジタル化する意味なんてあんまりないでしょう(まあ、実際にはコストが下がる、という巨大なメリットがありますが、それはクリエーターの幸せという観点でいうとああでもあり、こうでもありで、この際棚にあげておきましょう)。
デジタル化によってもたらされたものがある、と同時に失われてしまったものは何なのかを考える事はとても重要だと思います。

この事については色々なことが考えられるし、色々な事が書けるとおもうのですが、一言で言えばなんなんだ、と。
僕にとって、デジタル化によって失われた一番大きなもの、それは「ドライブ感」だと思います。
「ノリ」とか「グルーブ感」といってもいいんですが、それだと少し音楽寄りのイメージなので。
映像の編集という事に限って言えば、アナログ時代(テープ編集時代)にあった緊張感とか、後戻りできない恐怖感とか、編集室のエディターと勝負する感覚とか、タイムコードを頼りに編集結果を「想像」するという脳の力技を使う感覚とか、そういうものがきれいさっぱりなくなってしまいました。すべてが自分のペースになると同時に、すべてが「現物合わせ」、そして追い込まれる事がなくなって、わくわくする感覚が薄れた。なんでもコンピューターの中でできるのでね。テープ編集のスタジオでできることは10数万円のMacBookと10万円ぽっちのFCPだけで、それこそ「全部」できます。
その結果、まあ、僕にとって編集作業はどんな状況でも楽しい事には違いないのですが、「楽しい」の質がかわってしまって、なんというか、ものたりない感じがする。

... かといって、出来上がるアウトプットがダメになったとかそういうことはありません。失ったものとひきかえに先の二つの特徴があるので、いくらでも何度でも見直してやりなおせる、とか、全部を自分で管理するので誤解の生じる余地がなくなり作業が正確になる、など利点がいくつもあり、ツールをちゃんと使いこなせてそれらがうまく機能すれば、作品のアウトプットとしては同等、あるいは、むしろ高いクオリティになると思います。

だったら、なんでこんな事を考える必要があるのか...別にクオリティがさがるわけではないし、クライアントがアナログな作業をのぞんでいるわけでもない。むしろデジタル環境は「ラク」なのでクライアントからも望まれています。
でも、体のどこかに、映像の編集(制作)はPCを使った「操作」とは違う、もっと直接的だったり肉体的だったりするものだと思うし、マウスをクリックすることでも、キーボードの→キーを押す事でもないんだよね〜、という感覚が強くあるんですよ。
おそらく、テープ編集時代の編集結果と、DTVの今の編集結果では、納品物としての「クオリティ」というものとは違う「質(質感?)」の違いがあるのではないのか。それは、デザイナーが定規で引く線と、イラレで自動的に引く線との違いというか。そういう「質」の転換が、あまり自覚されないままに、アナログ→デジタルという流れの中で起こっていると思います。

まあ、「作る主体」としての満足感とか、仕事という体験の豊かさ、みたいな問題なのかな。
じゃあ、アナログに戻るの?と問われれば、それはまっぴらごめんです。
なにより、今の仕事環境の中ではアナログ手法はペイもしないし、まじゃくに合わない、周りから取り残されるし、今までの投資もムダになる。それこそ「仕事にならん」のですから。
なので、失われたドライブ感を取り戻すというより、何か別のところ(モノ、感覚)をドライブさせていく必要性を感じている、ということかな。なんか上手くいえないんですが。
デジタル化によって、技術が誰にでも均一にいきわたるようになって、その中で、どうプロであり続けるか、といったような問題でもあり。

ひょっとして、この問題は、アナログからデジタルへの移行をそのまま実体験として切実に経験している僕ら世代だからこそ感じることのなかもしれません。
根が深いので今後もしつこく考えつづけたいと思います。

[1/5圧縮on the web]をはじめたころに、とあるCGデザイナーと交わしたメール対談を発掘してみました。基本的に今読んでもそうだな〜、と思えます。

コンピュータ物づくり話(山岸君との対談)

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コメント

人間がアナログならそれを司る脳もアナログ。
デジタルはそれまで時間をかけて解決していたことを一手に
引き受けてくれるいわばアナログの手足であり下部。
アニメではありませんが義体化される世が来ないかぎり、
物作りの根底にあるのはアナログ。

物作りは便利さが優先されるモノではありませんね。
お金を気にする人もそれを考えるのはアナログ脳。
気持ち、感情、計算式では出ない考えや思いつき。
自分で自分が解らないのも自分。
人間が人間であるかぎり、カオスは生き続ける。

投稿: オロナイン | 2008年8月 1日 (金) 03時00分

以前、2×4(ツーバイフォー)住宅のロケで大工さんと話したときに、『つまらなくなった』という言葉が頻繁に出てきました。工場で正確に仕上がっているものを組み立てるのだから間違いは少ないのだけれど、俺がこの家を作ってるんだぞ!っていう感覚が希薄になってしまったということらしいです。
アナログとデジタルっていう話とは少し離れてますが、やはり同じようなものかなと思いますね。

投稿: Fukuda | 2008年8月 1日 (金) 09時04分

アナログ、デジタル、なんていう事を問題意識としてもつ、というのも、僕ら世代が特別なのかもしれません。これからディレクターデビューする人材は最初からぜんぶデジタルでDTVなので。だからこそ、いろいろ伝えて行く必要もあると思いますね。
2×4の大工さんの「つまらなさ」は、もっと面白い工法を知っているからで、少なくとも、僕らはそういうの知っているし。ホントはバランスの問題なんだと思いますが...。コストの問題からむと全部デジタルでOK!
という事になってきますね、映像も産業なわけでして。その中でどう振る舞うのか、オレら世代のプロたち。

投稿: 千崎 | 2008年8月 2日 (土) 22時03分

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