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2008年9月

2008年9月30日 (火)

次郎長三国志

さて、マキノ雅彦(津川雅彦)監督「次郎長三国志」みてきました。

肩のこらない娯楽時代劇映画というものがなくなって久しいですが、この映画は、まさにそれ。
実に昭和な娯楽映画的感性と話法で作られた、貴重な映画です。
絶滅したと思われていた生物に偶然であってしまったような驚きがありました。

ポピュラーな物語を使って、盛り上がる部分だけをダイジェスト、おもしろ設定はちょっとバッチかったり差別的だったりしながら、細かいしかし誰にでもわかるギャグが随所にもりこまれ、胸のすくようなチャンバラシーンは満載、泣けるシーンはたっぷりと。
万人むけ、というより、今となっては懐かしいおじいちゃんおばあちゃん仕様という感じで、事実観客席は、じいちゃんばあちゃんがご夫婦で、というパターン。
映画館の風景としては最近めずらしいけれど、こういう展開はアリだな、と思いました。
今の映画はお年寄りが安心して楽しめるようにはなってないですからね。
しかも、前売りは「1000円」という財布にもやさしい映画です。
こういう、昔ながらの娯楽映画をシルバー向けに制作して展開していったら、映画のあたらしい潮流が起こるような気がします。

マキノ監督の世代だからこそ撮れた映画だし、監督だから集まった豪華キャストだったんだと思います。
もっと続けてこういうの、見せてほしいです。

あ、そうだ、殺陣もよかったと思います。
ヤクザの喧嘩チャンバラ。侍的な「タメ」がないので、スピーディで楽しい。

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2008年9月28日 (日)

あっちの世界の補足

一個前の投稿は、なんだか意味不明でした。

一番書きたかったのは「データは自分のものである気がしない」という部分。

データは、肉体化、実体化されていないので、僕の感覚の中の「所有」とか「実体感」というものに乏しく、だから「自分のものである気がしない」となる。だからプリントアウトしたりすればまだマシなのかな?と。
しかも、PCはとことん肉体的ではなく、キーボードやマウスという簡単なインターフェイスですばやくデータを作ってしまうわけで、作業実感にとぼしい。なので作ったデータに対する執着みたいなものも生まれにくいい、だから「なかなか自分のものである気がしてこない」。
で、脳はここにあるのに、考えた結果がPCの中やネットに保存されていて、すぐそこにあるようでいて、心理的な距離感がある。

まあ、「はがゆい」みたいな感覚ですかね。
やっぱり「あっちの世界のおいてきている」感じがします。

---
この感覚は、そのデータと付き合う時間や手間のかけかたにもよるという気がしてきました。
時間をかけて編集したムービーデータはそれなりに「自分の作業結果である」と実感できるし、何度も改定したシナリオのテキストデータもまたそうです。

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さて、これから近所の映画館に「次郎長三国志」見にいっていきます。

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あっち側においてきてしまう

このところ考えている、デジアナ的なことを再び。
まとまってないのでわすれないようにメモ。

考えるに、PCって徹底的に「脳」を拡張するツールなんですよ。とことん肉体的じゃないです。
ただ、この「肉体的じゃない」というところにホントの強みもあって、肉体的な鍛錬(楽器を弾くとか、絵筆をふるうとか)をスキップして、キーボードとマウス、せいぜいタブレットぐらいでそれこそ「なんでもできるようになる」というのがPC環境というものです。

簡単に使える「貧しい」インターフェイスで万能を実現する...だれもが使える魔法や呪いのようなものですね。
コレで仕事が今たしかに成立しています。僕の居る映像業界なんてもろにそう。他の業界もそうでしょう。

でもなんか、思うのは、肝心なものが「あっち」に行ったまま手元に残ってない感覚、というか。
「あっち」とは、ネットの中だったり、ストレージの箱の中だったり。
なんでデータって「自分のもの」という気がしないんでしょう。
生まれた時からデジタル環境に接している若い世代はちがうのかな。

映像や録音の仕事の場合は、もともと仮想というか「あっち」のものだし(つまり触れないに近い状態で媒体に記録されている)データ化されたまま、魔法がかかったままでも、さほど違和感がないんと思うんです。
あと出版やグラフィックデザインの仕事だと、本や、カタログやポスターといった最終的には手に触れるアウトプットがあるわけで、最後にはあっちから「こっち」へ戻ってきて、データ状態から脱却して魔法が解ける。
WEBの仕事の場合は、そのまま魔法作りですから、いうまでもなし。

やっかいなのは、仕事でもなくどんどんたまってくる日常的なデジカメのデータとか、書きっぱなしになっているテキストとか、作りかけの音楽データとか、そういうもの。
実際、仕事する上でも、日常生活する上でも、そういう、ある種「中途半端な」位置づけのデータって、結構重要なんですよね、それは「キメ」に入る前の、生なアイディアだったり、作品でもなんでもないんだけど自分の感性を確かめるための資料だったりして、なべく「自分のものに」しておきたいモノ(データ)です。
こういうものを「あっち」においてきているような気がするんですよ。まー目の前のPCに入っているだけだったりするんですが、距離がある。
そういう情報は、もっと「肉体化」して活用したいんですよね。
ディレクターの仕事で言えばこれが原材料みたいなものですですけれど。
んー、全部プリントアウトしたり、録音したり、録画してしまえばいいのかな、どうなんだろ。
データと媒体の問題って、結構やっかいですよ。

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2008年9月26日 (金)

コンパクトデジカメのファインダー

最近のコンパクトデジカメはファインダーがありませんね。
液晶に表示された映像でフレーミングしてシャッターを切ります。

でも、思うんですが、ファインダーを覗いてシャッター切ったほうが楽しいと思うんですよ。
ファインダーの中は、絶対的に僕にしか見えない世界なわけですから、これは無条件に楽しい。
誰とも共有できない、自分だけのものですから。
それに、「生」なものを直接見ている、という感じがするので、写真を撮影するライブ感みたいなものが増すと思います。

なんか、残念な、というか「もったいないな~」と思います。

それと、ファインダーが省かれたカメラは「光学機器」という雰囲気が希薄というか、ちょっとモノとしての魅力が薄れる感じも。

以前、うちの猫を診てもらっている獣医さんが「こないだデジイチを買った」という話をしていて、その理由は「ファインダーを覗いて自分でピントを合わせて撮りたい」からだということでした。そうなんですよね~、としばし共感したものです。
そういうニーズもあるとおもうんです、液晶でラクに撮れて失敗しないカメラの次は、ファインダー覗かなきゃいけなくて時々失敗もしてしまうカメラがほしくなる、使いこなしてみたくなる。
最近のトイカメラのブームも裏にそういう感覚があると思います。

僕はIXYDIGITAL900isというコンパクトデジカメを持っていて、これにはファインダーがついています(だから買った、に近い)。
最近は、液晶をオフにしてもっぱらファインダーで撮影していますが、これが気分がいいです。ファインダーの中に何もカメラ情報が表示されないのでかなりあてずっぽうになりますが、タイムラグなくシャッターを切れるのは気分がいい。液晶だと若干実像とは遅れるので、ちょっとなんか歯がゆいんです。
一眼レフじゃないので、ファインダーと実画像の画角の違いなんかもあるんですが、もし問題あればそれこそフォトレタッチソフトでトリミングすればいいわけですから。接写の時は、ノーファインダーで。
この方法なら、バッテリーのもちもよくなるし、撮影した写真をすぐ確認できるデジカメメリットも享受できるし、昔感覚の写真撮影も楽しめます。

ちょっと、めんどうくさめの方が楽しかったりすると思うんです。
年取って老眼が出てくると、液晶より、ファインダーのほうがむしろラクってなこともありますしね(笑)。

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2008年9月25日 (木)

季節感とか

夏が、一年の真ん中だとついつい思ってしまうのでは僕だけでしょうか。
12ヶ月のうち、8月ぐらいが中間地点でその前後に6ヶ月ずつあるような気がどうしてもしてしまうんです(コレでは13ヶ月ですけどね)。
でも実際には、8月のあとに4ヶ月、その前が7ヶ月なんですね、当たり前ですが。
8月になって、やっと中間地点か、と思っていると、もうすぐに9月で、残すところ今年ももう3ヶ月ばかり、もう、年末間近、ええっ!となる。これは毎年なりますね。学習不能のことがらのひとつです。
で、今年もまたええっ!となってまして、困ったな〜、もう今年知らぬうちにのこりわずかですよ。

今年は9月の半ばになって急に秋になって、今日はやきいも屋さんが流してました。
道ばたにカナブンが死んでいたり、ちょっとマニアックですがヨトウムシがさなぎになるべく地面をうろうろしてたりね。気温低下に向かって自然は動いてますね。いつのまにか蝉の声もすっとF.Oで。
Img_2988

写真は、当イメージメカニックLLPの事務所に生息しているウンベラータ(観葉植物)です。
気温は下がっているのに、どんどん葉っぱが増えてきて一人ジャングル化しつつあります。
去年の末に事務所を稼働させて、なんか生き物の気配がないのはさみしいな、と思い、代表特権で(笑)買ってきたものです。ここに鉢を設置してしばらくたった春あたり、あれよあれよと、すっかり葉がおちてどうしか事かと思っていたのですが、つるっぱげになって新陳代謝して生えてきた葉は、この事務所の環境になじんでいるらしく、どんどん増えているのです。はっぱの質もなんか柔らかく、薄い感じで、この部屋の少ない日照に適応しているのかも。この判断、すごいと思いますよ。環境が合わなくなったらさっさと有効な手だてを講じる、スピードと変革が重要だってことですね、植物も先生です。

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2008年9月24日 (水)

PENTAX K-m

ペンタックスユーザーです。
ist Ds2を使っています。
よく手になじみ、大きさもちょうど良く、写りも操作性も良いカメラで気にいっています。
しかし、600万画素なので、1000万画素機の画と比較すると、画の稠密さがちょっと足りない気がしてきました。
で、今年出た、K20DとK200Dというカメラがあるのですが、これはちょっとごつすぎて、僕の求めるペンタックスらしさに乏しいんです。
というところに出た、K−m
これは良さそう。女性/ママさん向けを全面に押し出した小型軽量デジイチです。
大きさといい、デザインといい、かわいいですね。しかも狙った可愛さというより、あちこち調整して実現した必然的かわいさ、というか。
もともとペンタックスは「小さい」というより「こぶり」なカメラを作り続けてきたメーカーで、今回も粛々と「らしい」のを作ってきたな、という感じでうれしい。
サイトデザインをみると、んー、という感じですが、このアカ抜けなさもペンタックスなんですよ、なんとか売りたい!という感じがにじみ出ていて思わず応援したくなります。

僕が初めて買った一眼レフは中古で見つけたペンタックスのSPFというカメラでした。
一緒にカメラを見にいった友人たちはキャノンだニコンだと騒がしかったのでオレもキャノンかニコンを買うのかな、と思っていたのですが、いざ手にとってみると道具としての存在感がありすぎて、敷居が高い、しかも、大きく、重い。なんかぴんと来ないと思っているところで出会ったのが、ペンタックスでした。手に持った時の「ちょうどよさ」がすっかり気にいって買ってしまい、その後ずいぶん長く使いました。
今使っているist Ds2もそうでした。ビックカメラで全部のデジイチを触ってみた結果、一番しっくりくるのがペンタックスだったんです。しっくりくる湯のみをみつけたような安堵感がありました。
スペックや新機能も大切ですが、一番重要なのは、こういう相性みたいなものでしょう。

ユーザーと対峙するのではなく、ふっと懐にに飛び込んでなじんでしまう、独特の人なつこさ、というのが僕のペンタックスのカメラのイメージです。
K-mもそうなのか?
早く実物を見てみたいです。

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2008年9月23日 (火)

KILLING JOKE

先週のことでした。
80年代〜90年代前半に活躍して、いわゆる「インダストリアル系」の祖(のひとつ)と言われるバンド、KILLING JOKEが来日したのです。
そんなに熱心なリスナーでもなかったのですが、懐かしくてついつい行ってしまいました。
分厚い壁のようなギターサウンドと、しつこい反復ビート(ハンマービートですね、あーなつかし)が特徴の、まあ、その時代のカリスマのひとつですわ。
人力ビート、パンクよりはエフェクト処理(ディストーション+コーラス+リバーヴってな)されたギターサウンドと、ディレイ深めのボーカル...。

2008年夏の終わり、よれたKILLING JOKEでもみて、まったりノスタルジーにでも浸るか、という感じででかけたのですが...。
ライブ終わって会場を出たとたんに口をついででた台詞は「あーびっくりした」でした。
ほんとにびっくり。まったくの現役、バリバリというよりガリガリにやってました。すごかったです。

ステージに出てきたフロントマン、ジャズコールマンは、もしゃもしゃ頭(もみあげナシ)に黒のジャンプスーツ、眼の下の隈どりメイクという、80年代ニューウェイヴの「正装」のようなお姿で登場。他のメンバーはすっかりハゲおやじなんだけど、出音は、ものすごい。
当時から変わらぬ美意識にどこまでも貫かれいて、コールマンのシャウトも生々しく現役です。ずっとやっているバンドの安定感。
しかも、新曲とおぼしき曲は、「ニューウェイヴ」なまま、なんだか訳のわからない先鋭的なものに進化していて、感動しました。
ひょっとして、ニューウェイヴってまだ可能性あるんじゃないのか、そんな事まで気の迷いで思ってしまいました。

目の前にいた、多分僕より数歳下ぐらいのスーツ姿、ややハゲサラリーマン風が、ピョンピョン飛び跳ねる「ポゴダンス(80年代のライブハウスはコレですね、僕はしませんでしたが)」でノッているのをみて、あー、あの時代をジャズが連れてきた~、と。

ソニックユースを聞いていても思うのですが、独自に発明されたひとつの「スタイル」が「芸」の領域まで高まるまでには10年程度じゃたりなくて、少なくとも20年以上はやりつづける必要があるのではないのか。
KILLING JOKEも結成は78年ですから、30年ですよ。
しかもボーカルのジャズコールマン、1960年生まれだから僕と同い年だ。くう〜。

一緒に行ったカミさんのライブ終わり第一声は「ジャズもいい感じに妖怪化しとるな」でした。確かにジャズコールマン、ロック妖怪オジーオズボーン御大に似てきた。
すばらしく濃密なライブでした。このままどこまでも行ってほしいです。

きっと皆さんひいちゃうのでYouTube貼るのはやめときます(笑)。

公式サイト
http://www.killingjoke.com/

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2008年9月20日 (土)

クロマキー撮影

おとといは、都内のとあるスタジオで撮影でした。
合成用の素材撮りです。
役者さん計3人をグリーンバックで収録。

撮りの機材はソニーV1Jです。
MacBookをスタジオに持ち込んだので、撮影した素材のワンテイクをFCPで取り込んで、ヌケの具合を確認しながら収録しました。
大丈夫そうか、やばいとすればどのへんかが「その場」でわかるので安心感があります。
もちろん、波形モニターでVEさんがチェックはしてくれているので、「ほぼ大丈夫」な収録はできているはずですが、実際にその場でやってみることができるというのは安心。撮りが超圧縮なHDVなので、そのあたりの不安感も現場でなるべく解消しておきたいし。
背景素材のダミーももっていったので、仕上がりのイメージもスタッフ全員共有できるし、一昔前の、すべてが「予想」と「計画」で進んでいたクロマキー収録とは大違いです。
映像でもやっと「現物合わせ」ができるようになったわけです。
仕上がりは「ややSDっぽいサイズ」のサイト用の映像なんですが、HDVのでかい解像度があるので多少難があっても縮小段階でいろいろ「吸収」されていい感じになりますね。
これまでHDVでいろいろなものを撮ってきましたが、本格的な合成は初めてでした。テスト的にブルーバックはやったこともあるのですが、やや不安もあり。実際やってみて、実感としては「ここでも使えるよこのフォーマット」という感じです。解像度がでかいというのは良いことです。

HDV収録の理由は、編集も合成も例によって、Mac内ですませたいからです。
考えてみれば当たり前のことなんですが、一つ勉強になるのは、今回のような収録では、カメラの価格がいくら安くても、収録全体からみたら大してコストダウンにならないということです。
照明からエンジニアから、HD対応のモニターから、カメラ以外は結局、シネアルタでの撮影と同じ機材、スタッフが必要なわけですから。
大きくコストダウンになるのは、ポスプロに入らなくてすむ、という一点です。

フォーマットのつかいどころと、コストとの関連は、以前にくらべるとほんと、複雑になりました。
機材やコーデック、ファイルフォーマットの勉強をしないとPもDもつとまらない時代になったと思います。
しかし、スタジオを見回して、主だった機材の中でカメラが一番安いなんて、変な時代になりましたね〜。
三脚のほうが高い。

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2008年9月17日 (水)

瞬間/持続 スチールとムービー

昨日は、とある出版社の仕事で、書籍編集者とスチールカメラマンの仕事ぶりを見学してきました。
目的は、同じ場所で同じテーマのビデオを撮影するのでそのロケハン&シナハンだったんですが。

その世界では有名な刺繍家のテクニックを接写。
スチールの撮影は、カシャ、カシャ、ととんとん拍子に終わっていきました。
もちろん、モノによるんでしょうけど、このスピード感はうらやましい。
同じもの(こと)をムービーで撮影しようとしようと思ったら(今度するんですけどね)、数倍の時間がかかるでしょう。
その一瞬、映像が成立すればOKなスチールの世界と、カメラが回っている間成立しつづけないといけないムービーの世界とは、同じ「カメラでの撮影」とはいえ、大きな違いがある、とあらためて実感しました。

普段スチール撮影しか経験していない出版やデザインなど平面系の方と仕事をすると、ビデオ撮影の時間のかかり方に唖然とされることがありますが、「一瞬」と「持続」の違いというのはアタマでイメージする以上に大きなものです。

ムービー撮影は時間も手間ひまもかかります。
機材が小さくなろうが、カメラが明るくなろうが、それは変わりません(ラクにはなるにせよ)。
映像というメディアの属性のひとつですから。

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2008年9月16日 (火)

Genius

iTunes8のGeniusですが、昨日の投稿、ちょっと間違っていたみたいです。
プレイリストが配信されるわけじゃなく、選曲のアルゴリズムが更新される、ということなんですね。
しかも漠然と仕組みだけがやってくるわけではなく、自分の持ち曲に関するアルゴリズムがやってくる、という事のようです。なので、曲を追加するたびに更新する必要があるというわけで。
しかし、こういう、自分のデータ資産を料理してくれるサービスっていうのは、他にあるのかな。
よく考えたもんだな、と思います。

このアルゴリズムはユーザーが増えるに従って成長していくし、それを使った選曲も、自分のデータ資産が対して変わらなかったとしても変化していくというわけで、終わりがない。
これまでは、この「選曲」というエンターテインメントを配信するためにはラジオ番組を作って、音源ごと配信するしかなかったわけですが、選曲の「わざ」だけを宅配する、という発想がおどろきます。
料理人がやってきて自宅冷蔵庫の在庫で何か料理を作ってくれる、みたいな。

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2008年9月14日 (日)

iTunes 8/Genius

iTunesの最新バージョンには、Geniusという機能がついています
これ、ITMSで音楽を買いまくっている人には一度使ったら手放せなくなる機能かもしれません。

ある楽曲を選択して「Genius」ボタンを押すと、その曲と関連のある曲が選ばれてプレイリストが作られる(というかアップルから配信されてくる、というイメージ)というものです。
iTunesには、シャッフルという形で自動選曲機能がついていたんですが、それは、偶然並べてみる面白さを楽しむものでした。
このGeniusは、もっと積極的に「選んで」くれるサービスです。
そのアルゴリズムは意外に複雑らしく、ジャンルやアーティスト、リリース年みたいなメタデータと同時に、世界中のGeniusユーザーからプレイリスト情報や所有音楽の情報を収集して、ある曲がどの曲と一緒に聴かれているか、といったような曲の相性データベースのようなものを構築しているのだとか。それを元に選曲をお勧めしてくれる、と。
イメージとしては、アマゾンで買い物をしていると、「この商品を買ったユーザーはこれもチェックしています」的なレコメンドが行われますが、それのプレイリスト版なのかなと思います。

たとえば、僕の好きなブライアンイーノのある曲を指定してGeinusボタンを押すと、イーノの別の曲、イーノが昔在籍していたロキシーミュージックの曲、イーノと関連の深いフィルマンザネラやロバートワイアットの曲のほか、イーノが影響力を持っていた80年代のニューウェーヴの曲などが並びます。
ん、これはアリな選曲。

まだデーターベースの出来が完全ではなく、この先もっと精度は上がっていく、との事ですが、現状でも結構使える気がしました。ただ、曲によってはデータベースに乗ってないものもあり、「使用できません」といわれてしまいます。今後時間とともに対応曲が増え、これも解消されていくのでしょう。

ソニーの製品(Vaioとか)には、曲そのものを解析して自動的に「明るいプレイリスト」や「雨の日のプレイリスト」などをインテリジェントに生成してくれるものがあります。これは曲の中身を解析してしまえ、という力づくの理系的発想で、これはこれで使いどころがあるんだと思いますが、どこか「業務用のBGMを選曲している」感があります。結婚式場ではゆったりと明るいBGM、みたいな。
音楽は別に、曲調だけで聴くわけではありません。曲そのものと同時にその音楽や音楽家の位置づけや、リリースされた年代の時代性みたいなものも同時に聞いているわけです。
このGeniusのアプローチはそのあたりをちゃんと捉えようとしています。音楽リスナーのiTunesプレイリストにはそういう事を踏まえた情報が自然に蓄積されてくる。それを集積していけば「音楽を聴く体験」をかなり高精度にデータベース化できるのでは...ということなのかな?
音楽は音の連なりには違いないんだけど、歴史的、文化的な文脈があってこそなのだ、という事がわかっている音楽好きなヤツが作ったサービスだな、と思わせてくれます。

んー、久々にインターネットらしく、新しく、使えるサービスを体験できました。

ただ、このサービスを使うためには、自分のiTunesの中身の情報を送信しないといけないので、そこに抵抗ある人にはイマイチかもしれませんが。

日経トレンディネットの記事。アップル担当者が語るGenius。

http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/pickup/20080912/1018698/?P=1

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2008年9月13日 (土)

パナソニック Lumix G1

パナソニックのデジタルカメラ新製品、LumixG1

製品としては、1200万超画素、レンズ交換可能、ライブビュー付きのデジカメで、あ、ちょっとこれいいな、と。
デジタルカメラとしてはまさに新機軸で、スペックを見た瞬間、ちくっと物欲を刺激します。
こんなちっちゃいデジイチか...。

で、製品情報を読み進むうち、おいおい、と思うのは、「デジタル一眼カメラ」という表記から、「デジタル一眼レフカメラ」かとおもうじゃないですか、でも、違うんですよ。言ってみれば「もどき」です。
一般的な感覚から言ったら「デジタル一眼カメラ」と言ったら「デジタル一眼レフカメラ」の事ですよね。
で、一眼レフカメラの「レフ」とは、レフレックス(反射)、レンズから入ってきた光をミラーで反射させて、レンズからの情報を直接ファインダーで確認できるカメラ、ということですよね。
この機構があるから、一眼レフカメラなんでしょ?
ですから、「デジタル一眼(正式にはデジタル一眼レフカメラ)」といったら、この光学的なファインダー機構があるべきです。

ところが、このG1というカメラは、この機構をすっぽり取り除いた事によって「小型化」を実現したそうで、だとしたら、レフレックスカメラじゃないですよね。
ファインダーは液晶で、ライブビューをファインダーで確認できるといったようなもの。
まあ、このG1の「デジタル一眼カメラ」という言い方の中には「レフ」も「レフレックス」入っていないので、ウソはついてないよ、ということかもしれませんが、普通に聞けば(読めば)「デジタル一眼レフカメラ」と取るのが普通です。なんてまぎらわしい。
ある程度カメラの知識がある人なら、あ、これは違うぞ、と気づくでしょうが、このカメラのターゲットであるコンデジしか使ったことのない女性って、そうはとらないと思うのです。デジタル一眼レフカメラの小さいやつだ、と理解してしまうでしょう。
これは、ごまかしです。

これ、つまりは、いわゆる「ネオデジカメ」のレンズ交換可能な形式、ということですよね、だったら、そいう新しいジャンルで勝負してほしいな、という感じがします。

デジタル一眼レフを想起させつつ、実体は違うんだけど、でも表記としては「レフ」はぶいたから間違いじゃない、という、どうも、なんだかすっきりしない感じがどうもな〜。

製品としてはとても良さそうなのに、かなり残念感が漂います。
メーカーのマーケティングや宣伝って、もっと本質を分かって展開してほしいですね。
まー、分かっていてこれなんでしょうけど、なら消費者を「思って」ない証拠?と思いますが。
せっかく良い製品を作った開発者やデザイナーがかわいそうですね。
初のマイクロフォーサーズ機だってのにな〜。

確かに、デジイチ=レンズ交換、というイメージが突出しているのはわかりますが、もっと潔癖じゃないといけないんじゃないかな、と思います。「メーカー」なわけですからね。

最近、同じような事を思う時がたびたびあります。
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いや、このところ、また内田百閒を読み始めているので、「筋論」重視の頑固爺モードなのです。

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2008年9月11日 (木)

新iPod touch

新しいiPod touch の魅力は、内蔵スピーカーかな。
iPhoneにはついてますけど、iPod touchにはついてなかったんですよね。
iPod Touchがちょっと気になる理由は、打ち合わせツールに使えるな、というところ。
話の流れで映像の雰囲気の話題とか、図解の方法論の話になったとして、iPod touchにいろいろサンプルを入れておけば「例えばこんな感じですかね?」とぱっと見せられる。そういう時、良い音じゃなくていいので、音もでてくれるいいな、と。その場にテレビがあればそれにも出力できるし。
PSPもビデオの表示装置として使えて音も出ますが、ちょっとかさばるし、映像のアウトプットがついてない、というところがどうも。画面も大きいし表示もきれいなんですがね。

まあ、パソコンもっていけばいいじゃん、という見方もあろうかとは思いますが。
でも、いくら小さいパソコンでも、画面あけて、スリープ解除して、ファイルを探して、プレイヤーが立ち上がるまで待って、という時間がこまります。その間まあ、数十秒かもしれませんが、まわりを待たせてしまうし、話の流れがとまってしまう。それにPCだとなんか「ちゃんとしたもの」を見せないといけない感じになってしまうし、結局、じゃあ、後でメールでお送りしますよ、みたいな感じになっちゃいます。
iPod touchみたいな気軽なツールだと、さくっと見せられるし、見せられるほうも気楽です。「ちなみに」感覚で見せられる、というか。
こういう、「ツールのもつニュアンス」って、その場の空気などを考えると、結構重要ですよね。

そういえば、今日打ち合わせしたCGデザイナーはiPhone買ってました。
どうなの?と聞いたら、どうなのかな〜という感じです、と言ってました。
彼も、サンプルムービー見せに活用しているようです。「iPod Phone買うなら、携帯電話とは別に、というのがおすすめです」と言うことでしたが、じゃあだったら、iPod touchでいいよな、と思った次第。

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2008年9月 9日 (火)

データの物質化(?)

今回帰省したおりに、いとこ(なのかな、父の兄弟の娘)が、小学校時代、うちの母親と撮った写真をもってきたんです。
何十年も前の白黒のプリントで、ペーパーもヨレているんですが、なんかいいな、と。
紙にプリントされた写真を手にとるって久しぶりで、なるほど、こうして手で触れる写真っていいな、と。
「ここにある」という感じがします。しかも、そんなに長い間、「残っていた」ということに、驚きます。
というか、もともと、写真ってそういうことでしたよね?といまさらながら。

僕はデジカメ写真、結構とるほうですが、めったにプリントアウトしません。
んー、このままだと10年後には1枚ものこってないかもしれない。
大事な写真はプリントアウトして「物質化」しておくべきだな、と思いました。
拡大縮小編集自由なデータの状態ではなく、ある決まった大きさをもった物理的な媒体に「とじこめる」といった儀式が写真には必要なのかもしれませんね。そうすることで、「なくならない」ための最低限の準備ができるのでは。

ただ、この「大事な写真」というのが難しい。
デジカメ写真=データ写真のいいところは「選ばずにいくらでも貯められる」ということでもあるのでね〜。
「物質化」しないでも済む「デジタル写真」というのは、文化的にはそれまでの銀塩写真とはまた別の何かなんじゃないか、という気もしてきます。そうだよな、油断してた。

データって本来的な性質として「残らない」「消える」。
個人のストレージにあるデータは、いつかはメディアが壊れてしまうとか、フォーマットがマイナーになってしまうとか、もういらないと思ったから消してしまう、とか色んな理由で消えていきます(含む→忘れていきます→忘れたデータは消滅したと同じ)。消えないようにするためには、ある一定の努力が必要なんですね。決まった場所(ストレージ)に整理して、メディアが壊れたり陳腐化しないように気をつけ、メンテしないといけない。
一番消える心配が少ないのがネット上においたデータかもしれません。でも、それもサービス自体が無くなってしまったり、中小のプロバイダやレンタルサーバはつぶれちゃいますしね(メジャーぎらいな僕は2回憂き目にあってます/原理的には大手もつぶれる可能性ありますよね)。

大切なものほど、データのままじゃアブナイってことですかね。
んー、結局映像制作でテープフォーマットが捨てられない理由もそのあたりに...?

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2008年9月 8日 (月)

Vista稼働

自宅の物書き&ネット環境をVistaにしました。

以前、原稿書くために必要で購入したVistaプリインストールマシンがあるので、それの環境を整えたわけで。
といっても、きちんときれいにやると時間も手間もかかるので、今仕事がややごちゃごちゃしている事もあり、きわめてズボラな方法にて。

まず、いままで使っていたXP機(DELL)の起動HDD(件データ保管)をガバと外して、そのままVista機にがちゃんと増設(!)。
Vistaを立ち上げて、その元XP起動ディスクからよく使うファイル(仕事のファイルが入っているフォルダなど)を、VistaのHDDにコピー。

メーラーは、Firefoxの印象がよかったので、兄弟ソフトのThunderBirdをダウンロードしてきてセッティング。
オフィス系のソフトは、事前にインストールしてあったのでそのまま使う、と。
ブラウザは、GoogleChromeをインストールしてこれをデフォルトに。IEをそのまま使ってもいいんですが、どうもあの「重装備」な感じがなじめないんですよね。特に7になってから。
ブラウザのブックマークは、前に、ネット上のストレージにアップロードしてあったバージョンがあったので、それを落としてきてインポート(といってもChromeはファイルから直接インポートできないようなので、一度IEにインポートして、IEの設定をChromeに吸い上げるという二段階方式)。
あとは、Vista上のiTunesのライブラリに元XP起動ディスクのマイミュージックフォルダからライブラリをインポートして(そのうちファイルそのものを移動する予定)。
これで、ほぼいいかな。一応、仕事できます、音楽聞きながら書き物。
あ、あとネットワークの設定をして終わり。

あとはヒマをみつけて、元XP起動ディスクから、デスクトップやらマイドキュメントやらの必要なファイルをちょこちょこVistaのデスクトップやらにコピーしていけばいいでしょう。
全部コピーしおわったところで、フォーマットしてデータ用(バックアップとか)に転用すればOK。

ちょこまか使う必須ソフトも色々あるんですが、それらはほとんどフリーソフトなので、必要になった時にダウンロードしていけばいいや。

秀丸系のソフトがなくなったのがちょっとさみしいんですが(パスワード紛失...)、テキストエディタは、しばらくフリーソフトをあれこれ渉猟してみようかと思います。

んー我ながらズボラだな〜、まあ、O型だしね。仕事のファイルだけまめにバックアップ取って行けばいざというときもなんとかなりますよ。
似たような環境は事務所で使っているレッツノートにもあるので(というかむしろそっちがメイン)気がラクです。

これからちょこちょこVistaのチューニングを楽しもうと思います。
どうも、このOS、使っていて色々手続きが多いんですよね(たくさんクリックしなきゃいけない)、セキュリティに配慮されているのはよくわかるんですが。安全であればそれでいい、というのもちょっと違うような気がします。
でも嫌いじゃないですよ、これ。

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2008年9月 7日 (日)

RED-Scarlet

おくればせながらの話題ですが、REDに3kバージョン。

RED-Scarlet

来年発売、お値段は50万円ほど。
レンズ一体型で、デュアルのコンパクトフラッシュに3k解像度の動画を記録するらしいです。
ビットレート最大100M/secで、フレームレートは1~120fpsで。

最終、どんなサイズになろうとも、でかいので撮っとけよ、というのは正しいと思います。素材のマルチユースを本気で考えないといけない場合にはことさら。

んーこの値段なら、他の軽量HD撮影ソリューションに十分対抗できますね。
いろいろオプションに費用がかかる感じもしますが、逆に考えると拡張性があるというわけで、このシステムで行ってみるか、というプロダクションや技術会社も出てきそうです。
ただ、完全にファイルベースのワークフローになるので、いざというときのポスプロだのみが利かない、という面もありますね(その場合は一旦テープにダビングすればいいわけか)。

どこか国内で代理店やってくれるところはないんでしょうか。
一番心配なのは故障のとき。代替機のこととか。
あとはインターレースが必要なときにちょっとややこしいのかな、60pで記録して60iに変換するとかになるんでしょうね。

同時に5kバージョンも

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2008年9月 6日 (土)

かみなり

前の投稿を書き始めたときに降ってきた雨が、みるみる激しくなって、すごい雷雨に。
近くでバキーっという音がしたと思ったら、停電してしまいました。
あーびっくりした。
漏電用のブレーカーが落ちてました。
んー「ブレーカー」って偉大ですね。

ふとみると雨漏りまで...。とほほですよ。

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Dr.JOHN

あー、今日もまた降ってきた。

お盆に田舎に帰ったとき、兄貴がよく車運転しながら聞いているというCDの中から、何枚かコピーを頂戴してきました。

で、このところしょっちゅう聴いてしまうのが、ドクタージョンの「Destively Bonnaroo」というアルバム。
これがめちゃくちゃかっこいいのですよ。

ニューオリンズ・ファンクというそうですが、このなまめかしさと、いかがわしい感じが、東京の高温多湿とあいまって、ついついリピートしてしまう。
めちゃめちゃクセがあるんだけれど、音それ自体はごくシンプルで、音数も必要最小限をがっちり組み立ててある感じで。
この「骨」がね、音楽なんだよ、うん。

一曲めの名曲(だと思う)のライブ映像がYouTubeにありました(でも演奏はCDのほうが好き)。

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2008年9月 5日 (金)

ソニー HDR-FX1000/HVR-Z5J

ソニーから、HDVの民生機新製品、FX1000.
ちょっとびっくりですね、まだ出すんだ、こういうの。

で、こっちが、例によってその業務用バージョンでHVR-Z5J。
型番からするとレンズ交換可能ハンドヘルドHDV、Z7Jの下、という位置づけなのかな。

両者とも中身は、Z7J似で、レンズがソニー製なところが新機軸のようです。
広角端が広がって、広角寄りの20倍ズーム。映像エンジンとの親和性を高め、高画質になったとのこと。
あと、光学式手ぶれ補正の効きが調整できるようです。
というのと、絞りの羽が増えて、自然な円形のボケ味がでるとのこと。

業務や放送用途では、HDV(テープ)収録というのが標準的なワークフローのひとつとして定着しているので、まだまだ新製品を出していく意味もあると思うんですが、この民生バージョンってどうなのかな、という感じがします。
ハイアマチュアもプロもひとからげにして、業務用バージョンだけを売っていったほうがいいような気がするんですが。
ユーザーも迷いが減るし、パイが広がった分、価格が下がってくれれば御の字で。
業務用機器の値段が下がっているので、ハイアマチュアといわれる人たちの目は、もうそっちの方を向いているような気がするんですけど。

僕として注目なのは、Z7Jなどに付属していたCFカードを使ったレコーダが単体発売されたことですね。
16GのCFカードに70分超のHDVが記録できます。
メモリカードに記録して、テープはバックアップで、というのは使い勝手がいいような感じがします。
記録されるのは、M2tファイルなので、FCPで使う場合には、ソニー製のFCP用プラグインをインストールする必要があります。
メディアが安いCFカードというところがいいですね、そのうち試してみたいです。

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2008年9月 4日 (木)

デジタルボケというのがあるのでは、と

まー、ちょっと考え過ぎなのかも。

かつて、企業の中でPcの存在感が増してきたころ、そう、80年代の半ばからだと思うのですが、企業VPを作っていても、「画になる」仕事風景というのがどんどん減ってきたなあ、と思う事がありました。
書類をつくる、図面を引く、技術計算をする、何かをシミュレーションする、といったかつてなら、面白そうな画になりそうな作業も、全部判で押したように、CRTを見つめて、キーボードをたたりたりマウスを動かしたりする「パソコン使っている人の風景」になってしまって、区別がつかなくなって来た。その傾向が極まってきて、現在に至るという気がします。
作業者の目の前にあるのはどの作業でもPCのディスプレイであり、キーボードやマウスなわけで、身体感覚としてはかなり貧しくなってきていると言わざるを得ません。

かつては、仕事をする時に、必ず「体=主には手」が動いていたと思うんです。
企画書ひとつとっても、ワープロで打ち出したものや、手書きしたものを台紙にノリで切りばりしていたり。
当時は、「これがパソコンの中で完結してくれたらラクなんだがなー」と思っていたものでした。
ところが、それが実現した現在は「確かに便利になったけど、これはこれでどうかなー」と。
勝手なものです。

ニンゲンの脳は、手を使うからここまで大きくなったそうですが、多分、それって「手を色んな使い方をしたから」だと思うんですよね。仕事という長時間を費やす作業で、キーボード打鍵とマウス操作のみというのは、なんか、脳の重要な部分を劣化させてしまうんじゃなかろうか、と思ったりします。
デジタル技術が進んだ結果、手の使い方は画一化してしまったのでは。
仕事中に「手で考える」というシチュエーションは確実に減っていると思います。
かといって、PC環境なしには今求められている仕事のスピードとクオリティを出すのはムリ。

なので、楽器弾くとかね、絵を書くとか、動植物の世話をするとか、プラモ作るとか、釣りするとか、せめてカメラのピントは手で合わせるとか。手(と眼かな)を使って何か現実的な反応がリアルタイムに返ってくるという体験を日頃してないバランスが取れないな、と。
まあ、脳の劣化防止「ボケ防止」の必要性ですか。
デジタルボケを防止する自衛策が大切になってきたと思ったりします。
そういう事を「趣味」とかそういう範疇じゃなくて、血圧高いから塩分控えめ、みたいな「健康管理」の一環として行っていくような時代なんではないのか、と思います。

そういえば、PC完結環境の先輩であるCGデザイナーって、結構アウトドア派が多かったりするような...バランスの取り方を心得ているのかも。

多分、こういう事の延長上に、身体的なインターフェイスを持ったWiiのヒットや、ちょこっとした身体性をタッチスクリーンのインターフェイスに持ち込んだiPhone(iPodtouch)のヒットもあるんじゃなかろうかなー、と思うのですが。

まあ、僕らの映像業界だと、どうしても現実でしかない「撮影」というのがついてまわるので、まだ救われているのかもしれませんがね〜。

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2008年9月 3日 (水)

今日はオーディションでした

今日はオーディションでした。
30代前半の男性3人を選ぶオーディションで30人ぐらいをみました。

映像作品のオーディションで損をしがちなのは、普段舞台をやっている役者さんです。
舞台で演じるスケールをカメラの前でやってしまうんですね。
カメラで映っているスケールと演技のスケールがちぐはぐなのでせっかく良い顔やスタイル、キャラクターを持っていても、あーあ、となってしまう。こちらががんばって矯正してあげればちゃんとできる可能性もあるのですが、その可能性を探るための時間がない場合がほとんどなので、結果残念でした、となってしまいます。

メディアがかわれば演技もかわるのがあたりまえで、それはなにかというと、演技のスケールや、メッセージを届かせるための距離みたいなものです。
そのあたりを、タレントプロダクションできちんと教育してくれたらいいのにな、と思います。

それと、ある程度の広さをもった劇場とか、狭いオーディション会場とか、セットのマンションの一室とか、演じる空間のスケールと、演じるスケール感を合わせる、というのは、演技のスキルとしてはごく基本的なことだと思うのですが、それが出来ない(ないし意識しない)演者さんが意外に多い感じがします。どこででも稽古場のスケール感で演じてしまう、というか。

オーディションのたびに感じますが、役者さんという商売も大変ですね、みなさんがんばってほしいです。

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2008年9月 1日 (月)

YouTubeの字幕機能

高機能化を続けるYouTubeですが、今度は字幕機能がつきました。
これは、以前に投稿した「アノテーション」とは違って、多言語対応ということのようで、字幕作成ソフトで作った各種言語の「字幕ファイル」をムービーに連携させて、翻訳字幕を入れることができる機能。再生画面で字幕のオンオフや字幕言語の選択できるようになります。

http://jp.youtube.com/blog?entry=ECGs3J9anF8

なにがしかの字幕ソフトを使って「字幕ファイル」をつくらなければいけないので、YouTube上で完結するアノテーションよりはちょっと敷居が高いのですが、多言語対応ムービーを手軽に配信できるというのは、なかなか可能性を感じます。おそらく、遠くない将来、字幕作成もYouTubeに実装されるんじゃないかな、という気がします。

YouTubeの新機能は実用的なところが良いですね。動画共有を「遊び」であると同時に「使える情報伝達手段」として、本気で考えているというのが伝わってきます。

YouTubeでは、高画質化を進めているようですが、そのあたりの仕様など、もっと詳しく公表してほしいです。

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しかしなー、福田首相もドッキリ辞任...?
これで日本国のニックネームは「ぷっつん列島」でキマリ?

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