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2012年4月30日 (月)

映像制作周り雑感

このところ、ますます、映像制作まわりが変わって来ましたね。
機材の変化も、激変!といっていいぐらいですが、「作る→見せる」環境そのものが唸らざるをえないほどに変化したとおもいます。

■プロじゃなくても機能できる。
日常的にネット使っている人にとっては、映像というのは、Youtubeやユーストリームの事になっていて、テレビを見ていない人も増えているし、見る価値のある映像の定義が、以前とはだいぶ変わってきています。
「放送」ではなく、それこそ「共有」という言葉がぴったりくる映像供給がすっかり定着している中、もうそこには「映像のプロ」という概念は存在していなくて、プロが高価なカメラとスイッチャで配信してようと、素人がスマホで配信してようとそのコンテンツの本質的な価値にはあまり関係なくなっている。そこでは「プロの技術」は単なるオプションにすぎなくなっています。

映像を世の中に出すためには、もう、プロであったり、プロに発注する必要はありません。
そもそも、撮影機材が進歩(&低価格化)しているので、そこそこの映像なら簡単なコツを学んで、ちょっとセンスがあれば撮れてしまいます。
もともと、アマチュアの遊びのように見えていたネットの動画共有サービスが、かなり重要な情報インフラとして定着したと同時に、映像を作るコスト感とか手間感も大きく変わったと思います。
これは、映像を作って見せる、という行為が「ごく普通の事になった」ということなんだとおもいます。だから当然コストも下がるし、できれば自分でつくっちゃいたい、となる。

そういう中で、プロにできるのは「安定的に」「定められた期日で」「一般的なクオリティを逸脱しない」ものを作ることなのだと思います。なんか、非常に夢のないつまらないことですけれども。

なんていうか、クリエイティブであることと、プロ(=なりわい)であることがますます、本格的に乖離してきたのかなぁ。

■映像さえもワンストップで
もともと映像は、かなり狭い分野の専門家が協業して作るものでした。でも今はため息が出るほどに変わってしまいました。

僕はVPなら企画から始まって、FCPで完パケまで作ります。構成、演出に加えて、ポスプロ業務もやっているわけです。さらに、選曲とか音響効果も自分でやってしまう事も多くなりました。これが出来なければ、仕事は激減するでしょう。シナリオ書いて演出して終わりという人材は、よほどの大御所じゃないかぎり、今は難しいかもしれません。
最近では、撮影まで自分でやってしまうディレクターも増えています。僕にしても、ちょっとした撮り足しや取りこぼし、インタビュー、小物の物撮りなどは自分で回しちゃうかな、とケースも増えてきました。
逆に、カメラマンだけど演出もはじめた、みたいな人もいると思います。実際、技術会社に「制作一式できないか」という発注が増えているとも話も聞きます。

というわけで、以前に比べて一人の人間がやらなければならない仕事が増えてきているという現状があります。色々できなきゃめしが食えない、そういう時代だと思います。

専門家の定義が、例えば撮影の専門家、演出の専門家、というより、もう少し範囲が広がって「映像の専門家」というざっくりしたくくりになってきのかも。
今映像のプロとして成り立つためには、例えばディレクターというだけでは難しくて、「映像のことならあの人に頼めばなんとかしてくれる」みたいな「映像まわり仕事人」みたいなイメージじゃないといけないのかもしれない。一つの事を深く、クオリティ高く追求できる人よりも、あれこれ何でもそこそこのクオリティでやる人の方が仕事として需要があるのは確かだと思います。

なので、「ひとつの事のクオリティの追求」は、仕事をもらうんじゃなくて、自分のコストでやらなければいけない(少なくとも当分の間は)、とおもいます。

■「小さい方」の映像の可能性
「映画のデジタル化」が進んで、HDをはるかに超えて4kや8kといった大解像度での「大きな映像制作」が進んでいますが、その一方で、せいぜいSDに毛が生えた程度の解像度で小さな機材をつかって普通のノートPCで作ってネットで見せる映像が広がっています。
興味があるのはこの「小さい方」の映像作りがどこに行くんだろう、というところです。

大きいほうは、既存の映像制作のデジタル化、高度化なので、行き先は従来通りですが、小さい方はなんだか得体のしれない可能性があると(やっぱり)思うのです。

YouTubeが日本でサービスを開始した時の胸騒ぎのようなものが、Ustreamも加えていよいよ実体を現してきている、という気がします。さらに、ビデオカメラにもテレビ受像機にもなってしまう、スマートフォンの普及が拍車をかけています。
最近では、自主映画はもとより、テレビ番組をiPhoneだけで撮ってしまうといった、究極の「シュリンク作戦」も試みられているようで、多分その実験は成功し、ますます「小さく作る」傾向は強まるでしょう。

なんかあまりに過渡期すぎて、だからこうなる!というはっきりしたイメージがわかないのですが、何か新しい局面が見え始めているような気がしますね。

■ある意味原点回帰
最近、アマチュアが写真素材を販売できるストックフォトなんかも沢山あります。クリエイター登録して、簡単な審査に受かれば自分の写真やイラスト、動画なんかを販売できます。
もちろん、片手間の趣味で写真を売るわけだからそれでご飯を食べられるほどの収入にはならないわけですが(中にはきっちり事業化している人もいるようですが)、でも考えてみれば、もともと「ものづくり」は、手慰みだったり、楽しみだったり、日常的にちょっとしたものを上手に作って誰かに喜んでもらう、お礼になにか食べ物なんかをもらったり、みたいな営みだったんだじゃないか、と。その現代版が例えばそういうストックフォトだったり、いわゆるCGM的なコンテンツだったりするんじゃないかと思うんです。

「販売」がからむとついついギラギラと「ビジネスとしては」とか「いくら儲かるのか」とかいう話になってしまいますが、そこからふわっと商売っけを外してみると、今のネットとものづくりの関係は結構オモシロイ事になってきていると思うんです。
いままでプロだアマだ、ビジネスだ、というところに閉じ込められていたものづくりが、現代的な方法で開放されてきた、みたいにも見えます。

この先、食べるための仕事を別にしながら、ネットを使って自分の創作物を売って、月に数百円~数万円の収入を得るような層が増えていくのではないかと思います。
そういうものづくりの中に、本当に重要な意味を持つ表現や、社会に影響を与えるような作品や、学術的に価値のある発表が含まれていて、それを出版社や放送局がピックアップして収益化していく、みたいなこと。
もちろん、これまでもあった事ですが、それがもっと加速するのかな、と思います。
もともと、芸術家も学者も、職業としてあったわけじゃないですよね。今起こってきていることは創作や研究の先祖返り的なことなんじゃないかと思うのです。

■しかも安い
上記全体に関連している事情が、映像を作るためのコストが激減しているという事です。

映像とはちょっと違いますが、2年ほど前からカンブリア紀の生物をCG化して図鑑のようなものを作るという事をやっています。これにどれぐらいのコストがかかるかというと、ゼロ円です(収益は雀の涙ほどアフィリエイト収入がありますが)。
CGソフトはBlenderというオープンソースのものだし、ふだんMac版を使っていますが、リナックス版を使えばOSも無料になります。発表するためのプラットフォームは、シーサーの無料ブログ。
10年前には考えられなかった「コンテンツ制作・発表のローコスト化」が進んでいます。10年前に同じ事を同じクオリティでやろうとしたら、CGソフトだけでも数十万円覚悟しないといけません、ムリです。

映像に関しても、ちょっと前のコンパクトデジタルカメラでさえ、HD解像度のムービーが撮影できるし、画質もそこそこです。編集もぜいたくいわなければ、各種OSに付属してくる無料編集ソフトが使えるし、BGMが必要なら、無料でダウンロードできるフリー音源もあります。

こういう時代になってくると、映像制作でどう「面白く」なりわいをどうたてていくのか、考えどころが満載ですね。
少なくとも、かつての「なんにせよ映像は大掛かりでタイヘンなことをするからそれなりのコストかかります」という意識でやっていてはもうムリでしょう。かといって価格競争をすればいいかというと、それも行き止まりだと思います。
以前は映像制作は「制作の仕組み」を売っていたと思うのですが、これからは「その人」を売る、という、もっと個人的な営みになっていくのか...。それとも何かこれまでとは別の「仕組み」があるのか、おそらくその2方向を同時に研究していく必要があるんだろうと思います。

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コメント

こんにちは。

映像制作を生業としてきた私にとって、直面するキーワード満載です。
まさにその通り!と大いに共感しつつ、明快な返すべき言葉が見つからない...です。

>「映像のことならあの人に頼めばなんとかしてくれる」みたいな「映像まわり仕事人」みたいなイメージ

ディレクターは台本だけ持って歩けば、というのはもはや過去の話、または限られた「大きな仕事」しかなく、気がつけば、撮影から、DVDのパッケージデザイン、盤面印刷まで、居酒屋の店員よろしく「喜んで!」と引き受ける昨今です。

>映像制作でどう「面白く」なりわいをどうたてていくのか

とりあえず「なりわい」の看板は上げたまま、一方で初心に戻って自分の作りたい作品を作ってYouTubeにどんどんアップしていく(自腹ですむ範囲内で)、そしてできるだけ多くの人に見てもらうみたいな事をするしかないのかなと思っています。

経済的リスクを抱える事なしに映像作り(撮影、編集から公開まで)ができてしまう現在の状況は、かつてより良いと考える事もできます。というよりも、その中で生き延びる術を考えるしかないわけですが。

映像をめぐる「なりわい」が今後どうなっていくのか、まだまだ未知数ですね。

投稿: ajapapa | 2012年5月17日 (木) 08時19分

ajapapaさん。

そうですね、まったく同感です。
映像制作が、モノ書きとか、音楽制作とか、そういうものづくりに近くなってきた感じがします。それは必然ですよね。今の状況を作り手として積極的に使っていく事が肝要と存じます。

投稿: senzaki | 2012年6月10日 (日) 01時33分

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