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2016年3月

2016年3月26日 (土)

坐骨神経痛というやつで

ニンゲンは動物なので、生きつづけていくと、次第に老化しますよね。それを実感するのは、例えば、目のピント調節の筋肉が老化して近くにピントが合いにくくなる「老眼」現象など、あーあ、という感じです。
あとは、足腰の不調です。これは運動に直接関わるので、けっこうへこみます。

昨年の秋に、坐骨神経痛というものになりまして、右側の大腿の付け根や、お尻の上部分、太股の外側などが痛むのです。長時間すわったままで仕事をして、立ち上がった直後や、寝起きなど、歩こうとすると、右側のの腰というか、お尻というか、太股の付け根あたりが、ずきっとします。一時は歩くことも辛くて難儀しました。
形成外科から、整骨院へと通い、今はだいぶ楽になりましたが、年末ぐらいまで、結構辛い思いをしたのでした。

一番の原因は、編集作業で一日中同じ姿勢を続けていることのようです。
編集をしている日は、少なくとも7、8時間程度は椅子に座ってPCに向かっています。結果、同じ筋肉の緊張が続いて固まり、それが、神経を刺激して痛むのです。以来なるべく、組む足を頻繁に変えたり、座りっぱなしにならないように、時々立ち上がって伸びをするなど、気をつけています。

色々勉強すると、お尻の中の筋肉はかなり複雑です。しかも、数多くの筋肉が、協調的に動いて足腰を運動させたり、一定の姿勢を保ったりしているようです。
それらの筋肉のどれか一つが硬直しても、微妙なバランスが崩れ、別の筋肉を過度に緊張させて凝りを作ってしまうのだそうです。
この図で言えば、梨状筋とか、中殿筋あたりが痛んでいるもようです。

歩きながら、座りながら、いろいろを試したりチェックしていて気づいたのは、腰が痛いのは、腰だけの問題ではなく、例えば、足首やふくらはぎががこわばっていると、腰がいたむ。太股の筋肉がこわばっていても、腰がいたむ。腰から下の動きの悪いところを、腰でカバーしようとして、余分な負担がかかるようです。
試しに、足首やふくらはぎのストレッチを念入りにすると、歩く際の腰の痛みがそうとう和らぐのです。

今も週に一度程度、整骨院に行って、びりびりして気持ちいい電気治療とマッサージをしてもらっていますが、ニンゲンの下半身のアクチュエーターのバランスの精妙さに感じ入る日々であります。

こういうのは、まだ体が柔軟な若い頃にはさっぱり実感できないことですが、歳をとると、痛みや不具合とひきかえに、分かっていくんですね~。
ちょっとおもしろいのは、腰の痛みに注意して歩いていると、腰から下や、上半身の姿勢やバランス、果ては、足の裏の角度、さらには、地面の傾斜やでこぼこにまで注意が広がって、単に歩いているだけなのに、そこで扱っている情報量の多さにビックリします。腰の痛みがなければ、それらはすべて無意識のうちに処理されていたものです。身体ってすごいな、とあらためて思いますね~。という同時に、二足歩行ロボットを作るのは大変なことなんだな、と…。

これは、痛みに割と効果的だった、ストレッチ本です。動的ストレッチといって、準備体操のような動きで、筋肉や筋を活性化する手法の手引書。なかなか役にたちました!


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2016年3月24日 (木)

羽田空港で2時間

今週の火曜日朝、出張で福岡に行くために、早起きして羽田空港へ行ったのでした。
チェックインして、喫茶店でコーヒーを飲むうち、なんだか不穏なアナウンスが…。
コンピュータシステムの不具合により、機内へのご案内を「中止」しております…。

ん?

で、約二時間。のろのろと案内された機内で、また30分。やっと飛びたち、多めにとってあった移動と昼食時間をすべてこの遅れで食いつぶされ、はらぺこで現場にむかったのでした。

トラブルの経緯や原因(原因不明だったとしても)の説明がなされないのは、まったく納得がいかず、もうANAには乗りたくないと思うのですが、それ以上に、こういう「インフラ」のトラブルが、こんなにもやすやすと、「(ソフトウエアも含めた)機械」のトラブルで止まってしまうのだな、ということです。ANAに起こったことはJALで起こる可能性はありますよね。

航空機を予約して乗り、到着する、と言う一連の流れは、デジタル/アナログな情報処理がそれぞれのプロセスに密接に関与しています。
手書きの切符や対面の予約などアナログな情報処理では効率がわるく、ネット予約を中心としたデジタルな情報処理+一元管理では、たかが機械の故障で全国的なトラブルになる…。
すべては、アナログとデジタルのトレードオフのような気がしますね。正解は、全アナログと全デジタルの間のどこかにあり、全部アナログ、全部デジタルでは、ステークホルダー全員が幸せになるのは難しいのでしょう。

↓ロケ昼休みに覗いた福岡のレトロな市場
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まあ、今回の件で、すくなくともトラブルの全容が説明されるまでは、ANA便はのらないだろうなあ。顧客に対する誠意がまったく感じられなかったからなあ。
ちなみに、東京への帰りもANA便でした、こんどは、滑走路で前の機体と鳥が衝突して、30分機内でまたされました。まあ、これなら、鳥の不幸を悼みつつ、納得はできるんだけれども…。


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2016年3月21日 (月)

あなろぐ/でじたる

ブログ、もう1年以上もほったらかしにしてしまった…。
もう春ですが、読者のみなさまは、いかがお過ごしでしょうか?
たぶん、多くの人がそうであるように、FacebookなどのSNSで遊び始めると「書きたい」という欲望がある程度満足されてしまい、ブログのようなある程度の文章量が必要なメディアがなんか、おっくうになってしまっていました。で、そのうちにSNSはSNSでなんだかこれも面倒くさい気分になってきてしまい、またブログが書きたくなってきたのです。で、この際、ブログデビューの気分で出直そうというわけです。

仕事部屋の隅にころがっていた古いノートPCを「1/5マシン」と名付け、LInuxにブラウザだけをインストールしてブログ更新専用としました。この専用マシンで、ブログ再デビューとまいりましょう!

昨年のいまごろに考えていた「手作り動画メソッド」も、あれから一年、色々と成果がでてきましたので、それもまた、このブログでご報告したいとおもいます。

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我々年代、50代は、コミュニケーションも仕事も、アナログからデジタルに移行する過程をリアルタイムに経験しています。アナログとデジタルの違いや共通点などをついつい考えてしまうのは、我々世代の宿命なのかもしれませんね。

ネットを使い始め、最初に使ったころのEメールは、ファックスのデジタル化したものという感覚だったし、書類をバイク便にとどけてもらうことのデジタル化が、メールの添付ファイルでした。
アナログからデジタルへの移行途上では、アナログで言えばこれこれが、デジタル化によってこうなる、といった比喩を経由しないと理解しずらかったのです。
ものごころついた頃にはネットが普通に存在するデジタルネイティブな世代にはわからないかもしれませんが、このアナログからデジタルへという変換は結構エネルギーがいるものでした。

●デジタルデータは脆弱です
つい最近、1000枚ぐらいのデジタル写真をあやまって消去してしまいました。2年ほど前に買ったシグマ社のDP2sという、とてもおもしろいカメラで撮りためた写真です。このカメラはちょっとぼくにとっては特別な存在なので、特にフォルダを分けて保存してあったのです。そのフォルダがそっくりそのまま消滅してしまいました。
というのも、色々あって、サブ仕事PC環境をwin10にしたのですが、この際、Premiereもインストールしたいなと思って、一度、32ビットでセッアップしたPCを64ビット版でクリーンインストールしなおしたわけでした。その時、重要なファイルはバックアップをとっていたんですが、なぜか、「うっかり」そのフォルダだけ、バックアップしそこねたというわけです。ショックでしたが、自分のうっかりはどう考えても自己責任です、ひきうけるしかありません。
デジタルデータは、この「うっかり」に対して、とっても、ほんとうに、きわめて、「脆弱」です。
ほんとうにすぐに「うっかり」消えてしまいます。それはそれは、清々しいほどです。
この「うっかり」をどうマネジメントするかが、デジタルデータを安心して使う最大のポイントでしょう。

●アナログデータは強靭さ
この写真1000枚消去事件の直後、我が家では「朝刊猫ゲロ事案」が発生しました。
たらふくキャットフードを食らって、食器棚の上でくつろいでいた宅の飼い猫が、突然ゲロを吐きそうになったのです。このままでは、空中から居間の床一面に嘔吐物の飛沫が飛び散ってしまいます。
そこであわてて、まだ読んでもいなかった朝刊を猫の前に差しだしそれで嘔吐物を受け止めたのです。朝刊一面に付着した、未消化のキャットフード他の嘔吐物をティッシュで拭き取り、消臭剤のスプレーをしゅっしゅ、と。しばらく乾かすと、ちょっとごわごわして、いくぶんキャットフードくさいものの、情報はちゃんと読み取れます。印刷された文字=アナログ情報の「丈夫さ」を示す良い例です。

↓「朝刊猫ゲロ事案」の主犯、白黒猫の雲珠(うず)。
Uzukedukuroi


高松塚古墳の絵図や、世界の様々な遺跡の例をみてもわかるように、アナログな情報は、とっても「丈夫」です。多少のことがあっても、何百年、年千年、何万年と存在しつづけます。「化石」というアナログ情報は、それこそ何億年も存在しつづけ、太古の生物の情報を伝えています。

●デジタルデータ周辺のテクノロジーもすぐに蒸発します
デジタルデータは、データそのものも消えやすいのですが、データを保存したり運搬するためのメディアなど、それを取り巻く規格の新陳代謝が速く、メディアそのものがすぐに消えてしまいます。

かつて、僕がアップルのマシンをメインに使っていたころ、ZIPドライブというものがありました。たしか、700メガぐらいを記録でき、当時のディスクメディアとしては大容量&先進的のものでした。当時それを使って結構重要なデータを選んで存していたのですが、それから20年たたない今、ZIPディスクを読み書きできるハードは絶滅し、そのドライブをPCと接続していたインターフェイスであるスカジーも、もはや過去の遺物です。
この例からは、デジタルデータは「ひょっとして20年はもたねえんじゃねえの?」ということががわかります。ZIPドライブに関して言えば、実感としては、普通に使えるという意味で言えば10年ももたなかったかもしれません。
そもそものPCネイティブのメディア、フロッピーディスクも、今ではそうとうマニアックな構成でPCをつくらない限り意味わからんものになってしまいました。それこそ、デジタルネイティブな世代の中には、もうフロッピーディスク(FDD)が何なのかが分からない人たちも多いかもしれません。
こんな風に、デジタルデータを記録するメディアや、運搬するインターフェイスは、すぐに「遺物」になってしまうんです。
そういえば、Appleのハイパーカードでプログラミングしたものも結構あるんですが、それらは、もう、単なる文字列の意味しかなしません…。ハイパーカード、だれか復活させてくれないでしょうかねぇ…。

●デジタルデータは「揮発性」なんです
今現在、私が保有しているデジタルデータは何年もつのでしょうか?
なんとも心許ないです。10年でしょうか?50年でしょうか?
おそらく正解はないでしょうが、かなりはかないものであることは確かだと思います。
私ぐらいの歳になると、10年、20というのはとてもリアルなタイムスパンです。20代のころの10年はとっても長い時間ですが、50代の10年は、あっという間、すぐに過ぎ去る時間です。あーっと思っている間に、これらのデータはすべて、閲覧不能の状態になってしまうのでしょう。

あらゆる情報をデジタル化することを指向している、今現在の、この「文明」は、あと何年ぐらい持続可能なのでしょうかねえ?
そろそろ、アナログへの揺り戻しがこないと、バランスがとれない感じもしますね。

今回はだいぶざっくりした話題でしたが、このさき、もっとしつこく、ねっちりとこのテーマ、考えていきたいとおもっています。

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