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2017/12/28

感想文:脳内整理ですべてうまくいく!(著:菅原洋平)

「すべてうまくいく!」とか、なんか変な啓発本みたいなタイトルですが、現役の作業療法士の著者が、脳の使い方を教えてくれる本です。いわば、「脳の取扱説明書」です。Kindle版を買って読んだのですが、なかなかおもしろかったです。

◯スキマ時間のスマホ
動物の視覚の使い方には2種類あるそうです。自分で望んで視覚情報を集めている「能動的視覚」。もうひとつは予期せぬものや事態に遭遇してそれに対処しなければならない「受動的視覚」です。前者と後者を比べた場合、後者の方が遥かにエネルギーを使うのだそうです。能動的視覚で得られた情報は「そのつもりでそうしている」情報ですが、「受動的視覚」で突然やってきた情報は、緊急に対処し判断を迫られる情報で、かなりのエネルギーを使ってしまいます。
それで、スマホです。電車に乗っている時、昼食をオーダーして出てくるまでの間、もしくは食べている最中、ついついスマホを取り出して、SNSをチェックしたり、何かの検索を始めてしまったりします。僕もそうでした。この本によれば、これによって現代人の脳が疲れてしまっているという側面がある、と。仕事はしていないし、体は動かしていないので休息になっているととらえがちですが、このスマホ作業をしている時の脳は、先のエネルギーを沢山使う「受動視覚」で情報を得ています。この間、脳は仕事をしていると同じぐらいのエネルギーを使っているそうです。特に脳は「判断」にかなりエネルギーを使うらしい。
なるほど、というわけで、最近、スキマ時間のスマホをやめてみました。
で、どうなったかというと、なんか脳がラク。
例えば二時間半の打ち合わせなんて絶対眠くなるに決まっているのですが、最近、ぜんぜんなりません。むしろ、終わってみて、アレ?二時間以上もやっていたのか、みたいな。なんか、最近弱り気味な集中力が少し戻ってきたかも?

◯脳はマルチタスクに非対応
脳の特徴の一つにマルチタスクができない、という点があるそうです。そんなことはない、いろんな事、同時にこなしてるよ、という方もいるでしょう。僕もそう思いました。ですが実態はそうではなく、1個1個の両立しない作業をぱっぱかチャンネルを変えるように切り替えているだけ。それだけなら良いのですが、このチャンネル切り替えをぱかぱかやる事それ自体に膨大なエネルギーがいるそうです。つまり、1個1個を順番にこなしていったほうが、エネルギー効率は高まる。
それと、作業が一見マルチタスク風になる理由のひとつとして、脳のエネルギーが足りていず、1個の作業に集中できなくなってしまって、次から次へと新しい作業を始めてしまう、という事もあるようです。

昔から親に、1個1個に集中してあちこちやり散らかさないように!なんて言われていました。どうも「散らかしグセ」がある僕としては、このクセ、なおさねば、と思っているところです。

こんなに脳のエネルギー効率を気にしなければならない理由は、脳はエネルギーを貯める仕組みが備わっていない、という事実にあります。一日の食事量に限界がある以上、脳が使えるエネルギーも一日ごとに限られています。どうでも良いところに効率の悪いエネルギーの使い方をしてしまうと、すぐにエネルギー切れになってしまったり、疲労の回復がはかどらなかったりする、というわけなのです。

◯前頭葉を黙らせろ
前頭葉は、脳の部位のなかでは、衝動を押さえて社会的行動をとったり、断片的な情報からまとまった意味を取り出したり、といった重要な働きをしています。が、この本によると「嘘つき」で「思い込みグセがある」のもこの前頭葉の特徴だそうです。
人間の脳は、この前頭葉と、現実の感覚情報を扱う頭頂葉と常にせめぎあいながら活動しているのだそうです。で、現実の感覚情報と前頭葉が考えた(感じた?)ことが矛盾してきたり、そもそも感覚情報が不足してきたりすると、前頭葉は勝手に現実とは違う「思い」を作り出してしまいます。これが被害妄想やいやな気分などストレスの元になり、それに対処するために脳のエネルギーを使ってしまう。適度に感覚刺激や運動の刺激を入れて前頭葉が暴走しないようにする必要があるのだそうで、これも、なるほどな、と。前頭葉ってなにか、人間らしさの源、みたいな「偉いもの」というイメージありますからね。むしろ厄介者、という側面があるようです。

◯脳は臓器
この他にも、脳の栄養のこととか、睡眠のことなど、色々書いてあります。
この本の最大の特徴は、胃や心臓を語るように、脳を内蔵の一種、つまりハードウェアとして語っているところです。脳のスペック、使い方、ケアの仕方、取り扱いのコツなどを具体的に説いています。臓器どころか、パソコンや自動車、芝刈り機のようなニュアンスで脳が語られます。なんかこれが小気味いい。
脳のために簡単に実行できることが、その理由と共に沢山書いてあるので、ちょっとやってみようかな、という気にさせてくれます。

Kindle版は628円で特売中!


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2017/12/17

POMERA DM200は、黄泉の国からよみがえったオアシスポケットなのでは?

これで、移動中や移動先での執筆がラクになる。
久しぶりのモバイルガジェットを購入したのです。POMERA DM200。かつて、インターネットもない遠い遠い昔、出先での文章作成には、富士通のオアシスポケット(通称オアポケ)を使っていました。今はなき、富士通ワープロ専用機、オアシスシリーズのポケット版です。オアポケ亡き後、NECのWindowsCE機であるモバイルギアや、B5サイズWindows機シャープムラマサなどを、出先の文章書きに使ってきました。でも、どこかで、最初のオアシスポケットの幻影を求めていたような機がするのです。オアシスポケットは、いわゆるワープロに、ニフティサーブのパソコン通信機能がついた機能限定ミニパソコンでした。たとえば、出張先のホテルでナレーション原稿を書いたら、ニフティのテキストデータをファックスに送るサービスを使って、宿泊ホテルあてにファックス送信して、ファックスをプリンターみたいにして使ったりしてました。
で、このPOMERA DM200を見たとき、かつてのオアシスポケットの使用感の記憶がよみがえってきたのです。サイズ感もちょうどそんな感じです(二回りほど大きいですが)。

実際に、このPOMERADM200を使ってみると、キーピッチといい、打鍵のフィーリングといい、結構近いものがある。お帰り、オアシスポケット!
というわけで、電車の中や出張中のホテルなどで、文章を思いついたらすぐに書き留められる環境が手に入りました。この得がたい安心感に、実売3万5千円ほどの出費は安いものだと思います。(オアシスポケットは、なんだかんだで当時9万円ぐらいかかった)。
肝心の使用感ですが、なかなか気に入っています。

○画面
バックライトのついたモノクロの液晶で、表面がピッカピカのタイプです。映り込みは、面積があまり大きくないせいかそんなに気になりません。明るさは11段階で調整できます。視認性は良いです。サイズは7インチ。文字の大きさは6段階で調整できるので、結構老眼入ってきちゃったユーザーにも優しいです。

○キーボード
このサイズのキーボードとしては、優等生的なできばえでしょう。たまたま僕の手のサイズや打鍵の癖にマッチしているだけかもしれませんが、手持ちのマシンの中で最も高速に入力できます。クリック感も若干カチカチしていて好みです。ただ、あまりに長時間だと指先が痛くなってくるかもなあ。ソフトタッチが好みの方には合わないかもしれませんね。今もPOMERAで書いていますが、快適。

○ATOK
仮名漢字変換は、ATOKのPOMERA版ということで、これほんとにいいですね。辞書もなにもいじっていないのに、快適に変換できます。ふだんPCでははGoogle漢字変換を使っているのですが、変換の自然さは比べものになりません。

○Wifi
USBでPCとつなげば普通にストレージとして認識されるし、文書の保存先をSDカードにしれおけばカード経由でPCに持って行けるし、別にメーラーやブラウザが搭載されているわけではないので、この機能はマストというわけでもない気がします。一応、Wifi経由でMacOSとiOSのメモアプリと同期できたり、エヴァーノートと同期できたりするようです。OneDriveと同期できるような情報もありますね。PCでは、Simplenoteを愛用しているので、それと同期できると天国なんですけどね。「アップロード」という機能があって、自分のメールあてに書いた文章をメールできるんですが、これは時々使っています。

◯辞書
辞書は「角川類語新辞典.S」「明鏡国語辞典MX」「ジーニアス英和辞典MX」「ジーニアス和英辞典MX」が入っていて、辞書から編集中の文章へのコピペも可能です。

○高さ
こういう高さのないガジェットは打ち合わせや取材の時にも有用です。PCだとどうしても取材相手やインタビュー相手と自分との間に「壁」をつくってしまいがちです。でも、この手の背の低いガジェットだと自然に、それこそデジタルメモとして気楽に使えるのです。オアポケ~モバイルギアを使っていた頃には、たまたま、取材ものが多くて、話を聞きながらのメモに重宝していました。これも全く同じメリットがあると思います。

まだまだ使い込んでいないのでバッテリーの持ちとか検証できてないですが、なんかこれ、普段文章を書く、または文章を欠かざるを得ない人にとっては、まさしく「買い」ガジェットの予感がします。

まあ、人によっては「べつにノートPC持ち出せばいいじゃん」という意見もあると思いますが、たかだか「なぜ大型犬のほうが早死になのか」という十数文字のメモを残すためにレッツノート立ち上げたくないです。かといって紙のメモに残すと僕の場合は、時が汚すぎてあとで読めない、という事態になりがち。そうときに画面開いて5秒で入力可能で、電池長持ちなガジェットはありがたいのです。

サイズはちょっと大きいけれど、キーボードの使いやすいサイズを考慮するとしょうがないかもしれませんね。欲を言えば、もうちょっと軽ければなあ。プラスチックのぺかぺかした安っぽい出来でいいから、もっと軽いほうがうれしい。


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2017/12/16

風呂敷良いですよ。

風呂敷がこんなに便利なものとは思わなかった。
風呂敷を活用してます!というと、お、和だね、和風だね、エコだね、とか下手をすると、和モダンでおしゃれ?的なバイアスがかかってしまいがちですが、まったくそんなものとは関係なく、ガチで便利です。

1)軽い
一枚の布なので、鞄として見ると驚異的な軽さです。これより軽い鞄はレジ袋ぐらいしかありません。

2)フレキシブル
入れる物が大きければ布をめいっぱい使って大きく、小さければそれなりにコンパクトに。

3)消える
メインの鞄(僕の場合はリュックですが)があって、サブバッグと使っている場合、状況によっていらなくなる場合があります。小さい鞄は入れる物がなくてもそれなりにかさばりますが、風呂敷ならたたんでリュックのポケットにでも入れれば、持ってなかったも同然に。まったく荷物にならない。

4)いろいろ使える
使おうと思えば、首巻きやてぬぐいにも使えます。

ネットで検索するといろいろな結び方、包み方がでてきますが、どうも、どれも「和モダン」なにおいがしてキモチ悪いので、自己流の超簡単な結び方をしています。
風呂敷をひろげたら、その真ん中に入れたいものをたららっと置き、まず対角線上の端を短めに結びます。蝶結びなどにすると足りなくなるので、束ねてえいやっと玉結びにしています。で、残った対角線上の端を長めに結び合わせてこっちと把手にして、ぶらげています。この長い方の結び方を調整すれば手提げにも、肩掛けにもなります。短めにするときは玉結びに、長めの時は布が節約できる真結びにしています。

この使い勝手を体験してしまうと、もう風呂敷手放せません。唯一難点は、クッション性がまったくないところです。だいたい動かすと中身はがしゃがしゃする。ショックに弱い物は何かケース入れるなりする必要があります。

風呂敷、実に機能的、実用的です。鞄みたいに使える上に中身によって容量はフレキシブルに変更できるし、なにより使わない時はただの一枚の布、このフレキシビリティと多機能性、というのが。風呂敷、おすすめです。

僕が使っているのはこれです。

ただの布にしちゃ、ちょっと高い?という気がしないでもないですが、結構しっかりしていて端のほつれもできません。
91センチ四方のサイズで、デカいのでは?と思われる方もいるかもしれませんが、そうでもありません。布の端同士を縛って袋状にするわけですが、縛るというのは結構布の面積を消費してしまうんですよね。これぐらいはないと小さすぎな気がします。

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2017/12/15

Pファンク

やっぱりですね、アカ抜けしたおしゃれなものより泥臭いものの方が好きなんすよ。昨年の今頃はフェラ・クティにはまって、どろどろアフロビートを仕事のあいだじゅうずっと聴いてましたし、今年の正月は、ラモーンズ三昧でした。で、今ハマっているのがPファンク周辺のアレです。なにを今更とお思いの方もいらしゃるでしょうが…。一番好きなこの曲ファンカデリックの「Cosmic Slop」なんかジンと胸に迫るものがあります。しかし、このような珍妙なベースリフをどうやって思いつくのか。しかもかっこ良い。僕の中では、クラフトワークの「The Robots」と並んで二大珍妙ベースリフです。

(ところでCosmic Slopの邦訳は「宇宙的おしっこ」で良いのかな?歌詞の邦訳はここにあった

FANKという言葉そのものが、アフリカ的な泥臭さや臭いを表すスラングだったそうで、そもそもこの音楽の根本には、土着的なものが色濃くあるんですね。
しかもその土着性は、ほぼシステマチックと言っていいフレーズやリフの反復の中から、グルーヴとして生まれてくる。シャーマンの祈りや呪いと同じ幹から生えている別の枝なのでしょう。しかも、Pファンクの場合、世界観に「宇宙的」な妄想が入り込んでいるところもまた、シャーマンっぽい。

ファンクミュージックの解説を読むと、リズムの特徴は「一拍目を強調した16ビート」だそうで、先の「Cosmic Slop」なんか、典型的ですね。一拍目を強調したいので必然的に前の小節のお尻に弱起がくっつく。聞き続けると、小節の一拍目で、かるくアタマをコツンと、定期的に叩かれている感じが繰り返されてなんだかトランス状態になってきます。多少アドリブでフレーズが暴れても、小節の一拍目はそろって「ドン」とくるので気持ち良く、楽しくなってきますね。こういうお決まりのところでお決まりのようになる気持ちよさっていうのが、人間の快感のなかに書き込まれているのですね。だからこそお決まりを裏切る意外性というのも別の快感を生めるのでしょう。

こういうファンキーなビートというかリフというかグルーヴというかは、ワンフレーズ演奏されただけで自動的に「永遠につづく」というスイッチが入ってしまうようなところがあります。まあ、当然いつかは曲は終わるんですが、はじまったときにはそれは想定外、という感じがある。
ロックンロールっぽいエイトビートは工作物というかその曲をささえる構造物というイメージがあるんだけど、ファンクは、そういうのとは別もので、流れを造る、みたいなニュアンスかなあ。曲が始まるたびに、河を流しはじめる、という感覚のような気がします。

10ヶ月ぶりに記事書いた。また書こ。

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