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2022/01/22

Kindle読書

気になる本がKindle化されていたら、ひとまず買う、ということを続けている。
そうすると当然、Kindleの中に「積ん読」が積み上がる。
昨年引っ越して、通勤時間が長くなり、しかも、そのうちトータル1時間程度は座っていられるという時間が出来た。なので、その「積ん読」を消化している。

読み方はてきとーちゃらんぽらんで、一冊をよんだらもう一冊というのではなく、ある本を読んでいてちょっと飽きてきたら閉じて、別の本を立ち上げる……それもちょっと飽きてきたらまた別の本、もしくは前の本に戻る、といった平行読みをしている。

そうすると、たまに不思議なこともおきる。養老孟司本で愛猫まるの死を語った部分にちょっとつらくなって閉じ、橋本治本をあけて読み始めたら、幼少の頃に飼っていた黒猫の死を語りはじめたり。Kindleの中でシンクロニシティが起こる。

それと、いろいろな本を切り替えながら読んでいくと、いつの間にか、共通のキーワードが浮かび上がってきたりする。それらの本を選んでいるということは、自分自身の問題意識と深く繋がっているにちがいないと思ったり。現在のところ、「無意識」「欲望」「知覚し得ない(けど確かに存在する)外部」などのキーワードが気になっているようだ。これに周辺のキーワードを補足すると「野生」とかか。理性とか効率などを礎にして、ヒトの都合でヒトのために構築した環境にちょっと息が詰まっているのかもしれない。

養老孟司風にいうと「ああすれば、こうなる」だけで構築された世界への違和感というか不快感というか。この数年、そういう、どんどん計画し、制御しようとする空気が濃厚になってきているような気がしている。

世の中、白と黒でできているわけではなくて、いろんなグレーで出来ている。そのグレーをどう解釈するのか、というのが面倒臭いけれど味わい深いのに、と思う。なのに、このグレーは白なのか、黒なのか、という議論ばっかりしている。それは白でも黒でもなく、そういうグレーなんだと思うよ。

90年代ぐらいまでは、まだ「あやふやなでグレー」、正義とも悪とも言えない領域が解釈もされずに豊富にあったような気がする。それこそ私が青春を過ごした80年代なんて、正悪がごった煮状態のほぼ野蛮な時代だった。そこにある種のおおらかさや、はみ出して気持ち良がったり、常軌を逸することを空想したり、なんなら実行する自由があったような気がする。いまや、息苦しい「正しい事」のみが押しつけられている。

いつもはですます調で書いているのだが、今回はやめてみた。そのほうが独り言としてふさわしいような気がしたから。

近所で二宮金次郎をみつけた。

Sdim1954

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2022/01/08

口裂け女

このところ、blenderというオープンソースのCGソフトで妖怪を作っています。
もともと、古生代カンブリア紀の動物を再現したくて始めたCGですが、始めて10年、色々作ってきました。毎年、年末年始の休みはblenderの機能を色々ためしながら、ちょっとしたものを作るのが恒例です。
で、今のマイブームは妖怪作りなんですが、最新作は「口裂け女」です。

新春早々ちょっと物騒なシロモノですが、1コマ貼っておきます。
口裂け女は、1979年あたりに噂に上り、社会現象にまでなった昭和妖怪です。マスクを外すと口が耳まで裂けている。長いハサミを凶器に出会った人を食べるという。

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アニメーションGIF版

blender、最新バージョンは、ありとあらゆる事がリアルタイムに確認できて、本当に良いよく出来たアプリケーションだと思います。かつてはオペレーションがが独特すぎて難解なソフトでしたが、今ではインターフェイスもごく自然。

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ぷよぷよした表面質感とか、てらてらぬらぬらしたテカリとか、有機的な表現がリアルタイムに試しながらやれるのが楽しい。モデリングを直しながら質感やテクスチャ、ライティングを検討、ある程度結論が出来たらカメラアングルやレンズ、被写界深度を試して、また少しモデリングを直して……全部の事が同時に進行できるというのは、夢みたいな環境ですね。

・・・・

そういえば、5日から仕事始めで出勤だったのですが、久々に電車に乗ったところなんだか気分が悪くなって引き返し、在宅作業にしてしまいました。リモートである程度仕事できることがコロナ右禍で証明されているので、さほど罪悪感も申し訳感もありません。都合の良いところで仕事をすればいいのだ。
以前から時々電車で息苦しい感じがして気分が悪い事があり、おそらくマスク生活の影響もあるのでは、と疑っています。マスクはほんと早く外したい。最近電車の遅延が多いのですが、そんな事もマスクによる酸素不足のせい? とか。

 

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2022/01/04

2日め

昨日、またあしたと書いたのでまた書く。

以前は記事ごとにテーマを設定してそれについて書いていたんですが、この際、それもやめて「つれづれ」に書こうかなと思っている。どうせ独り言だし、これは何かの練習なのだ。

そう言えば、58才になった年、あと2年で60才か、と思ったらその60年という時間の長さに愕然とした記憶があります。えー、マジ60年近くも生きてんのオレ。で、年を取るということにどう対処していいのか分からず、とりあえずいろんな「老人本」を買って読んだのです。
そこで分かったのは、みんな、誰でも「老いる」事に関しては初心者だということです。そりゃそうですよね。思春期を迎えて自意識の芽生えにとまどうみたいに、老年期を迎えて、老いにまたとまどうわけです。たしかになー、今までリアルにジジイになった事はないわけで、確かに初心者。
老いるとは色々「衰える事」ですがその症状が現われるたびに、あれ? と思う。

で、加齢による症状と思われるものを列挙してみる。

・見間違い
サイト上でクリックしたい項目の一個上や下をクリックしてしまう。この症状は50代半ばから頻発。老眼が進行し、ちょっと乱視も進んでいる感じで悪化し続けている。

・よく聞こえない&耳鳴り
これは50代後半で発症。とくに左耳の性能が低下している。耳鳴りはこの数年ぐらいで自覚し、耳鼻科に行ったら「加齢です」と華麗にスルーされた。

・腰痛
これは40代半ばで発症、だが、最近若干改善。

・手を後ろで組んで歩く
この年寄りっぽい歩行姿勢は、おそらく体が前傾、つまり猫背になっているので、両腕を垂らしていると腰と背中でその重量を保持するのがつらくなり、背中で組んで楽にしようとしていると思われる。50代半ばで自覚。

・まぁ、しょうが無い、を自然に受け止められる
これはこの2年ぐらいの変化。こだわりが消滅しつつあると思われる。

・思い立ってもすぐ行動できない
これは……ひょっとして10代のころからそうなのでは……

・最後の詰めがあまい
これも……ひょっとして10代のころからそうなのでは……

と書いてみて、これらがすべて老化の証なのだとしたら、なんと、ものによっては10代、ほよんどが40代50代から発症しているではありませんか。60才を還暦などと呼び、ひとつの区切りとしていたわけですが、実際にはその遙か以前から老い始めていたのです。老いは生まれたときから始まっていて、その総量がある閾値に達したときに自覚が始まる。

思えば、40代ぐらいのころは、自分の中の70パーセントぐらいはまだ18才のころのままだ、と思っていました。それから20年、どれぐらいが自分の中の18才なのかというと、どうなんだろう。40パーセントぐらい?50パーは切ってる気がする。ひょっとして25パーセントぐらいかも。
まあ、確かに、あんまりアブナイ事は考えなくなった。18才のころはそんなにアブナイ事を考えていたのか?というと、考えてた多分。もうよく覚えていないけれども。そんな感じもまた老いの脳の風景なのだろうか、何いってんだか。

最近、電車の中で発火させちゃったり、病院を燃やしてしまう60代が現われてきてますが、どういう事なのか。そんな攻撃性をどうしたら60代まで保てるのかまるで理解が及ばない。
60年といえば哺乳類としては破格の長生きで、もう普通に明日死んでもおかしくない高齢である。この年齢に達して、他人を巻き添えに死んでやる! という攻撃性を保持できるとは。これが人類としての困った性質なのか、それとも可能性なのか……。実感としてはよく分からず、だれか、賢い人に教えて欲しい。

結局、新春の年寄り話か。
まあ、しぜんにそうなったので……。

なんか寂しいので、昔の写真アップしておきます。仕事仲間のS君とT君の20年ぐらい前のシルエット。場所は幕張だったなー。
Img_0807b

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2022/01/03

再開します

最新の記事を見てみると、2017年のものだった。4年ぐらい、ほっぽらかしてたわけでした。
その間に私は60才の崖を超えて、前期高齢者まであと一息。一時期は良く使っていたSNSもなんだか疲れて面倒になり、もっぱら情報収集に使うのみ。Twitterから流れてくる情報を頼りに電子書籍を購入したりしています。そんなこんなで過ごしているうちに、少しゆっくりモノが書ける場所がほしくなってきたのです。noteを使うことも考えたのですが、少しいじってみたらなんだか使いにくい。しっくりこないのです。……と、そうだ、1/5圧縮があったじゃないか、と、このブログを再開することにしました。

ブログの設定を見直して、サイドバーもとっぱらってみたら、なんだか、部屋の壁がなくなったみたいで心許ないのですが、それもなんだか爽快な感じがしています。ネット空間にぽつんと、ふんどしイッチョで漂っている感じが頼りなくて良い。いざ書き始めてみると、ブログってどうやって書くんだっけ?と自分の立ち位置が分からないというか、何者として書けばいいのか、よく分からなくなっています。そもそも、誰も読んでいないかもしれないので、読者との距離感もよくわからんですよね。独り言として書けばいいのか。

そもそも、なぜに「1/5圧縮」なんて変なタイトルなのかといいますと、まあ、話せば長いので、ご想像にお任せしますが……。もともと映像関連の情報提供サイトだったんですが……まあ、いいか。

リロードしたてで、なんか調子がでないので、またあした。なんか写真もアップしてみます。特に意味はありません。

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