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疫病に新たな武力戦争か……こんな21世紀だとは思わなかったな。
長年、座骨神経痛(的腰痛)に悩まされてきたんだけれど、最近、だいぶおさまってきた。
何をやったかというと、腕と手首のセルフマッサージ&ストレッチだ。
映像の仕事は、特に編集フェイズに入ると一日中マウスを使うので腕を酷使する。さすがにガチガチになってしまったのでネットで調べて数日間、仕事の合間に腕のケアをやってみた。
すると……腕も楽になったが、腰が楽に!
座骨神経痛の原因は腕にあったらしい……。発見だ。
人間はもともと四つ足の動物だから、腕(前足)と足腰(後ろ足)が協調して動いているのだろう。実質的には手や腕は何かをつかんだり動かしたり、足腰は移動や姿勢の保持のため、と別々の機能を担っているのだが、身体の内部では、ひとつながりで一体のシステムになっているんだろう。だから、手や腕の不調が足腰に出てしまうのでは? と思った。
以来、前腕、二の腕、手首のストレッチとマッサージを怠らないようにしている。
2022年2月22日、今日はスーパー猫の日だそうだ。
宅の愚猫、野分、15才。
実は昨年、長年住んだ板橋を離れて埼玉県に引っ越した。小池百合子知事が他人事になっただけで本当に清々した。心が安定する。行政の長は重要だ。
私が住んでいるあたりは、元々農村でその道をそのまま活かして宅地開発したからなのか、直角に交わる道がほとんどない。どの道も微妙にひしゃげて交わっているし、五叉路も結構多い。なんだか覚えるのが大変な道で、最初の頃は、駅からの単純な道のりもしょっちゅう迷っていた。方向感覚が微妙に攪乱されてしまうのだ。もう大分なれたけれど。
で、先日、近所に散歩に出てみた。寒いのと、コロナ萎縮で出不精になっていたのだ。
セーターにジャンパーで普通に歩いていてちょっと汗ばむ陽気。カミさんリサーチで、近所のお寺と神社を数物件回って帰ってきた。気づいたのは、狛犬の雰囲気が東京都内とはちょっとちがう事。口がでかくて攻撃的。「勇壮」って事だと思う。
散歩でついついカメラを向けたくなるのは、こういう人工物と自然物が結びついた造形。
壊れかけた建物も、ついつい撮影してしまう。
先週読み終わったKindle本「人はなぜ物語を求めるのか(千野帽子著)」。
本の趣旨としては、人間の脳は、情報を入れるとそれを「物語」として受容する「性質」を持つ、という主張。おびただしい引用と事例を元に、「物語」の効用と罪が書かれている。
最後まで、うんうんうなずきながら一気に読んだ。
例えば、因果関係。ある事象と別の事象に関連性が見いだされた場合、人間の脳はそこに「こうしたら、こうなった」という因果関係の物語を作り出しがち。しかし、それはほとんどの場合、単なる「対応関係」でしかない……のに、ついついそこに原因と結果を作り出し、そういう物語としてしまう。
目や耳から入ってきた情報をつなぎあわせて「納得感のある物語」を作れると「わかった」と感じる。もちろん、その「わかった」は、ありのままの事実とはあまり関係なく、脳が気持ちよくなれるように作り出したもの。
しかしこの、脳の「自動的に物語りを作り出す」という性質は、映像表現にとっては必要不可欠だ。いくつかの映像をつなげて提示するだけで、それを見た人の脳が何かの物語を作りだしてしまう。この働きなしには、どんな映像表現もありえないし、それを適切にコントロールすることが映像のディレクションという仕事なのだ。
そういえば、最近思い立って「ルノルマンカード」というものを買ってみた。タロットのように、引き当てた絵柄で鑑定する占いカード。カードの一枚一枚にシンプルな意味が割り振られていて、複数のカードの組み合わせが語る、それこそ「物語」をひもとくことで占う。まさしく、「脳の物語製造力」によって占うわけ。なかなかたのしい。
「人はなぜ物語を求めるのか」には続編がある。それも購入済み。読むのが楽しみだ。