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2022/04/03

ドライブ・マイ・カー

話題の映画「ドライブ・マイ・カー」を観てきた。

とても繊細な脚本で、この長尺を慎重に選び抜かれた言葉で違和感なく書ききるには大変な力量が必要だと感じる。ほぼセリフで構築された映画で、その三時間超の尺も必然的なもの、物理的に必要な適正なものだと思う。
観終わって、セリフで頭が出パンパンになった。そのリハビリのために、家に帰ってから、弥次喜多物のくだらない映画を観た。

とても良くできた良い映画だったが、2点、素朴な指摘を書き留めておきたい。
1点目は、広島の演劇祭の主催者が(この二人組、とても良い)、演出家には「何かあると困るので」という理由でドライバーをつけるのだが、なぜ役者にはつけないのか。リスクヘッジの観点からすれば、役者のほうがいろいろな意味でアブないのではないか。
2点目は、透子さん演じるドライバーが、広島に来てゴミ収集車のドライバーをしていたというが、設定上は3か月ほど前に免許をとったばかりでおそらく普通免許だと思うが、それで「あの車のドライバーをしていた」と指さすごみ収集車のドライバーができるのか。

ラストシーンの韓国のくだりは、いろいろな解釈があるだろう。過去の罪意識を象徴する顔の傷を消して、大好きな犬と一緒に、自分を生きなおすきっかけを与えてくれた家福の赤いサーブに乗っているという彼女の「+」の印がそろっている。ストーリー的な帰結はともかく、彼女にとっての「+」のシンボルをすべて手に入れた彼女の生きなおしを祝福すればいいのだと思う。久しぶりにこんなラストシーンの映画を観た。昨今ではなかなか得難い映画体験だと思う。

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