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2012年12月 8日 (土)

デジタルアーカイブについてなど

気がつけば、自分自身のコンテンツ消費行動は20代のころとずいぶん違うな、と思います。今日はアーカイブについての断片的な思考をつらつらと。

●かつてと今
かつては、新しいものに自分にとっての最大限の価値があり、それを優先的に消費していた。んー、20代といえば80年代ですから「最先端」「最新」のコンセプト、方法論、テクニック、テクノロジーがぶんぶん出てきた頃ですから、そんな時代に過去をひも解く余裕はまったくありませんでした、正直。
けれども、今はどうかというと、もうほとんど新しいものには眼が向かなくなっています。
それは、年齢のせいもあると思うし、時代の特性に由来するものかもしれません。
もっぱら、過去のアーカイブを反芻したり、もう死んでしまった人が作ったものをみたり聞いたりしています。
今の自分にとっては、新作の驚きよりも、アーカイブの中にある発見のほうが重要な意味をもっています。

●コストダウン
デジタル化で、過去のコンテンツのアーカイブ化のコストは劇的に下がっています。と同時にアーカイブを消費する手段も安く、手軽になりました。パソコンでインターネット上のアーカイブ、例えばYouTubeにあるビデオなどをみたり聞いたりする。これにはほとんどコストがかかりません。民放の番組をみているようなものです。
テレビ番組のライバルは、かつてのテレビの番組のアーカイブなんです。皮肉といえば皮肉です。

●アーカイブだけで満足できるか
変な想像ですが、ものごころついた少年が、新しいもの、リアルタイムで作られている新作をまったく見聞きせず、過去に作られた作品のアーカイブだけで、80歳の臨終のときまでを過ごす事ができるんだろうか...?
多分、できると思います。しかもかなり充実したコンテンツ消費体験でもって。
黒澤明の映画だけで、映画視聴体験としては10年はいける(んではないか)。

このブログのの右下で、僕なりの音楽の名盤をご紹介していますが、これには基準があります。それは「少なくとも10年以上は聞き続けていること」というものです。どんなにすばらしい作品でも、僕自身が10年聞いていないものは1/5圧縮基準の名盤ではありません。
優れたコンテンツは、10年程度は平気で新鮮であり続け、楽しめます。

●青空文庫
アーカイブ、ということで思い浮かぶのは「青空文庫」ですね。著作権の切れた文学を、ボランティアの手でネット上にテキストデータとしてアーカイブするという歴史のある事業です。
最近電子書籍マーケットが盛り上がり、日本における電子書籍の定番コンテンツとして活躍しています。
「デジタルアーカイブ」の面白いところは、博物館の収蔵品と同じで、「アーカイブする」という時点では価値が定まらないという点かもしれません。現在、どこの(ニコニコ以外)の電子書籍マーケットも、販売点数の下支えとして青空文庫を活用しているようです。

●演歌の新曲
そういえば、テレ東の「木曜八時のコンサート」という、演歌、歌謡曲のライブ番組をよくみるのですが、その中で、有名歌手の「新曲」というのを毎回1曲ぐらい聞かされます。これが、ほぼ100パーセント魅力がない」んです。本当につまらない曲と歌詞で退屈になってしまいます。正直、新曲出す意味あるのか、時間とお金の無駄じゃん、ぐらいの勢いで魅力がない。演歌に限っていえば、もう過去にしか魅力はないんだと思います。

演歌が象徴的だとおもうんですが、アーカイブは「作品そのもの」を保存するのではなく、その時代の空気そのものを一緒に保存してしまうと思います。その空気そのものがコンテンツの中核をなしていたりもする。

なんか流れで、最近惜しくも亡くなった演歌歌手、ぴんから兄弟の宮四郎先生のアーカイブを。これも名曲なのかどうかわかんないけれど、時代があったからヒットした曲なんだろうなぁ、と思います。曲のよしあしそのものより、昭和のあの時代の自分のあの年頃のなんかジクジクしたものが聞こえてきます。

ムード歌謡にいたっては、音楽の形式そのものが絶滅してしまっていますから、そのアーカイブの価値はそうとう極まってきているのではないかと思います。

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