アナログ/デジタル

2016年3月24日 (木)

羽田空港で2時間

今週の火曜日朝、出張で福岡に行くために、早起きして羽田空港へ行ったのでした。
チェックインして、喫茶店でコーヒーを飲むうち、なんだか不穏なアナウンスが…。
コンピュータシステムの不具合により、機内へのご案内を「中止」しております…。

ん?

で、約二時間。のろのろと案内された機内で、また30分。やっと飛びたち、多めにとってあった移動と昼食時間をすべてこの遅れで食いつぶされ、はらぺこで現場にむかったのでした。

トラブルの経緯や原因(原因不明だったとしても)の説明がなされないのは、まったく納得がいかず、もうANAには乗りたくないと思うのですが、それ以上に、こういう「インフラ」のトラブルが、こんなにもやすやすと、「(ソフトウエアも含めた)機械」のトラブルで止まってしまうのだな、ということです。ANAに起こったことはJALで起こる可能性はありますよね。

航空機を予約して乗り、到着する、と言う一連の流れは、デジタル/アナログな情報処理がそれぞれのプロセスに密接に関与しています。
手書きの切符や対面の予約などアナログな情報処理では効率がわるく、ネット予約を中心としたデジタルな情報処理+一元管理では、たかが機械の故障で全国的なトラブルになる…。
すべては、アナログとデジタルのトレードオフのような気がしますね。正解は、全アナログと全デジタルの間のどこかにあり、全部アナログ、全部デジタルでは、ステークホルダー全員が幸せになるのは難しいのでしょう。

↓ロケ昼休みに覗いた福岡のレトロな市場
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まあ、今回の件で、すくなくともトラブルの全容が説明されるまでは、ANA便はのらないだろうなあ。顧客に対する誠意がまったく感じられなかったからなあ。
ちなみに、東京への帰りもANA便でした、こんどは、滑走路で前の機体と鳥が衝突して、30分機内でまたされました。まあ、これなら、鳥の不幸を悼みつつ、納得はできるんだけれども…。


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2016年3月21日 (月)

あなろぐ/でじたる

ブログ、もう1年以上もほったらかしにしてしまった…。
もう春ですが、読者のみなさまは、いかがお過ごしでしょうか?
たぶん、多くの人がそうであるように、FacebookなどのSNSで遊び始めると「書きたい」という欲望がある程度満足されてしまい、ブログのようなある程度の文章量が必要なメディアがなんか、おっくうになってしまっていました。で、そのうちにSNSはSNSでなんだかこれも面倒くさい気分になってきてしまい、またブログが書きたくなってきたのです。で、この際、ブログデビューの気分で出直そうというわけです。

仕事部屋の隅にころがっていた古いノートPCを「1/5マシン」と名付け、LInuxにブラウザだけをインストールしてブログ更新専用としました。この専用マシンで、ブログ再デビューとまいりましょう!

昨年のいまごろに考えていた「手作り動画メソッド」も、あれから一年、色々と成果がでてきましたので、それもまた、このブログでご報告したいとおもいます。

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我々年代、50代は、コミュニケーションも仕事も、アナログからデジタルに移行する過程をリアルタイムに経験しています。アナログとデジタルの違いや共通点などをついつい考えてしまうのは、我々世代の宿命なのかもしれませんね。

ネットを使い始め、最初に使ったころのEメールは、ファックスのデジタル化したものという感覚だったし、書類をバイク便にとどけてもらうことのデジタル化が、メールの添付ファイルでした。
アナログからデジタルへの移行途上では、アナログで言えばこれこれが、デジタル化によってこうなる、といった比喩を経由しないと理解しずらかったのです。
ものごころついた頃にはネットが普通に存在するデジタルネイティブな世代にはわからないかもしれませんが、このアナログからデジタルへという変換は結構エネルギーがいるものでした。

●デジタルデータは脆弱です
つい最近、1000枚ぐらいのデジタル写真をあやまって消去してしまいました。2年ほど前に買ったシグマ社のDP2sという、とてもおもしろいカメラで撮りためた写真です。このカメラはちょっとぼくにとっては特別な存在なので、特にフォルダを分けて保存してあったのです。そのフォルダがそっくりそのまま消滅してしまいました。
というのも、色々あって、サブ仕事PC環境をwin10にしたのですが、この際、Premiereもインストールしたいなと思って、一度、32ビットでセッアップしたPCを64ビット版でクリーンインストールしなおしたわけでした。その時、重要なファイルはバックアップをとっていたんですが、なぜか、「うっかり」そのフォルダだけ、バックアップしそこねたというわけです。ショックでしたが、自分のうっかりはどう考えても自己責任です、ひきうけるしかありません。
デジタルデータは、この「うっかり」に対して、とっても、ほんとうに、きわめて、「脆弱」です。
ほんとうにすぐに「うっかり」消えてしまいます。それはそれは、清々しいほどです。
この「うっかり」をどうマネジメントするかが、デジタルデータを安心して使う最大のポイントでしょう。

●アナログデータは強靭さ
この写真1000枚消去事件の直後、我が家では「朝刊猫ゲロ事案」が発生しました。
たらふくキャットフードを食らって、食器棚の上でくつろいでいた宅の飼い猫が、突然ゲロを吐きそうになったのです。このままでは、空中から居間の床一面に嘔吐物の飛沫が飛び散ってしまいます。
そこであわてて、まだ読んでもいなかった朝刊を猫の前に差しだしそれで嘔吐物を受け止めたのです。朝刊一面に付着した、未消化のキャットフード他の嘔吐物をティッシュで拭き取り、消臭剤のスプレーをしゅっしゅ、と。しばらく乾かすと、ちょっとごわごわして、いくぶんキャットフードくさいものの、情報はちゃんと読み取れます。印刷された文字=アナログ情報の「丈夫さ」を示す良い例です。

↓「朝刊猫ゲロ事案」の主犯、白黒猫の雲珠(うず)。
Uzukedukuroi


高松塚古墳の絵図や、世界の様々な遺跡の例をみてもわかるように、アナログな情報は、とっても「丈夫」です。多少のことがあっても、何百年、年千年、何万年と存在しつづけます。「化石」というアナログ情報は、それこそ何億年も存在しつづけ、太古の生物の情報を伝えています。

●デジタルデータ周辺のテクノロジーもすぐに蒸発します
デジタルデータは、データそのものも消えやすいのですが、データを保存したり運搬するためのメディアなど、それを取り巻く規格の新陳代謝が速く、メディアそのものがすぐに消えてしまいます。

かつて、僕がアップルのマシンをメインに使っていたころ、ZIPドライブというものがありました。たしか、700メガぐらいを記録でき、当時のディスクメディアとしては大容量&先進的のものでした。当時それを使って結構重要なデータを選んで存していたのですが、それから20年たたない今、ZIPディスクを読み書きできるハードは絶滅し、そのドライブをPCと接続していたインターフェイスであるスカジーも、もはや過去の遺物です。
この例からは、デジタルデータは「ひょっとして20年はもたねえんじゃねえの?」ということががわかります。ZIPドライブに関して言えば、実感としては、普通に使えるという意味で言えば10年ももたなかったかもしれません。
そもそものPCネイティブのメディア、フロッピーディスクも、今ではそうとうマニアックな構成でPCをつくらない限り意味わからんものになってしまいました。それこそ、デジタルネイティブな世代の中には、もうフロッピーディスク(FDD)が何なのかが分からない人たちも多いかもしれません。
こんな風に、デジタルデータを記録するメディアや、運搬するインターフェイスは、すぐに「遺物」になってしまうんです。
そういえば、Appleのハイパーカードでプログラミングしたものも結構あるんですが、それらは、もう、単なる文字列の意味しかなしません…。ハイパーカード、だれか復活させてくれないでしょうかねぇ…。

●デジタルデータは「揮発性」なんです
今現在、私が保有しているデジタルデータは何年もつのでしょうか?
なんとも心許ないです。10年でしょうか?50年でしょうか?
おそらく正解はないでしょうが、かなりはかないものであることは確かだと思います。
私ぐらいの歳になると、10年、20というのはとてもリアルなタイムスパンです。20代のころの10年はとっても長い時間ですが、50代の10年は、あっという間、すぐに過ぎ去る時間です。あーっと思っている間に、これらのデータはすべて、閲覧不能の状態になってしまうのでしょう。

あらゆる情報をデジタル化することを指向している、今現在の、この「文明」は、あと何年ぐらい持続可能なのでしょうかねえ?
そろそろ、アナログへの揺り戻しがこないと、バランスがとれない感じもしますね。

今回はだいぶざっくりした話題でしたが、このさき、もっとしつこく、ねっちりとこのテーマ、考えていきたいとおもっています。

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